Top Pageへ戻る

6月



金子光晴

1975年6月30日 没


     富士


  重箱のやうに

  狭つくるしいこの日本。


  すみからすみまでみみつちく

  俺達は数へあげられてゐるのだ。


  そして、失礼千万にも

  俺達を召集しやがるんだ。


  戸籍簿よ。早く燃えてしまへ。

  誰も。俺の息子をおぼえてるな。


  息子よ。

  この手のひらにもみこまれてゐろ。


  父と母とは、裾野の宿で

  一晩ぢゅう、そのことを話した。


  裾野の枯れ林をぬらして

  小枝をピシピシ折るやうな音を立てて

  夜どほし、雨がふってゐた。


  息子よ。ずぶぬれになつたお前が

  重たい銃を曳きずりながら、喘ぎながら

  自失したやうにあるいてゐる。それはどこだ?


  どこだかわからない。が、そのお前を

  父と母とがあてどなくさがしに出る

  そんな夢ばかりのいやな一夜が

  長い、不安な夜がやつと明ける。


  雨はやんでゐる。

  息子のゐないうつろな空に

  なんだ。糞面白くもない

  あらひざらした浴衣のやうな

  富士。



「日本詩人全集24  金子光晴・草野心平」新潮社より

もどる















































茨木のり子

1926年6月12日 生まれ


       自分の感受性くらい


  ぱさぱさに乾いてゆく心を

  ひとのせいにはするな

  みずから水やりを怠っておいて


  気難しくなってきたのを

  友人のせいにはするな

  しなやかさを失ったのはどちらなのか


  苛立つのを

  近親のせいにはするな

  なにもかも下手だったのはわたくし


  初心消えかかるのを

  暮しのせいにはするな

  そもそもが ひよわな志にすぎなかった


  駄目なことの一切を

  時代のせいにはするな

  わずかに光る尊厳の放棄


  自分の感受性くらい

  自分で守れ

  ばかものよ


『おんなのことば』 童話屋より

もどる















































三木露風

1889年6月23日 生まれ



       接吻(せっぷん)の後に


  「眠りたまふや。」

  「否(いな)」といふ。


   皐月(さつき)、

   花さく、

   日なかごろ。


   湖(うみ)べの草に、

   日の下に、

  「眼(め)閉ぢ死なむ」と

   君こたふ。



「日本詩人全集3  土井晩翠・薄田泣菫・蒲原有明・三木露風」新潮社より

もどる