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富士 重箱のやうに 狭つくるしいこの日本。 すみからすみまでみみつちく 俺達は数へあげられてゐるのだ。 そして、失礼千万にも 俺達を召集しやがるんだ。 戸籍簿よ。早く燃えてしまへ。 誰も。俺の息子をおぼえてるな。 息子よ。 この手のひらにもみこまれてゐろ。 父と母とは、裾野の宿で 一晩ぢゅう、そのことを話した。 裾野の枯れ林をぬらして 小枝をピシピシ折るやうな音を立てて 夜どほし、雨がふってゐた。 息子よ。ずぶぬれになつたお前が 重たい銃を曳きずりながら、喘ぎながら 自失したやうにあるいてゐる。それはどこだ? どこだかわからない。が、そのお前を 父と母とがあてどなくさがしに出る そんな夢ばかりのいやな一夜が 長い、不安な夜がやつと明ける。 雨はやんでゐる。 息子のゐないうつろな空に なんだ。糞面白くもない あらひざらした浴衣のやうな 富士。
自分の感受性くらい ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて 気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか 苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし 初心消えかかるのを 暮しのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった 駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ
接吻(せっぷん)の後に 「眠りたまふや。」 「否(いな)」といふ。 皐月(さつき)、 花さく、 日なかごろ。 湖(うみ)べの草に、 日の下に、 「眼(め)閉ぢ死なむ」と 君こたふ。