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  写真歌集  乳房・花なり   No.B143050
  NDC 748
  ISBN:4898301754
  宮田美乃里・荒木経惟  著   ワイズ出版刊   初版2004/07/07
  \3990
管理人の私が一番胸に沁みた歌は――

282  モルヒネも効かぬ五月の病床であなたの指に指を絡める

この写真歌集の読者へのメッセージがストレートに表れている歌は――

7    乳がんで乳房を切った女たち夜風に揺れる野の花となれ

256  わたくしを批判するならご自由にならば自分も脱いでみなさい

257  わたくしは同じ病の人たちをはげましたかったそれだけでした


以下、作中各節より、管理人が心惹かれた歌を抜粋します。

21   わたくしの瞳の主張うけとめて「もっと激しく生きていきたい」

29   わたくしが女であるということを切除されたる乳房が語る

――2004年1月19日より2004年2月9日まで  より

78   塩漬けの桜の花に湯をそそぐ陰部のようにほころんでゆく

――2004年3月1日より2004年3月16日まで  より

113  生きていることに疲れて真夜中に泣くわたくしを抱きしめに来て

120  生きている私に触れて今朝咲いた桜のように濡れているから

――2004年4月  より

病人の素肌のような胡蝶蘭そっと夜明けの光が撫でる

――2004年5月1日より2004年5月10日まで  より


三十一歳のとき乳がんを告知され、三十二歳で左乳房を全摘出した私が、
ヌードになった理由は、簡潔に言えば一つです。

乳房を失っても「私は女である」ということを世の中に示したかった、ということなのです。
言い換えれば、同じように乳がんで乳房を失った女性を勇気づけたかった、ということです。

私は、自分の胸の傷跡も、痛みも、悲しみも、すべてを自分の「誇り」だと思っています。だから、世の中にさらしたとしても、それを恥だとは思いません。

――あとがきより抜粋







乳がんの歌人から
ヌードを
撮ってほしいと手紙がきた。
2004年1月4日、冬の海で、
撮影をはじめた……。

『AERA』通巻874号(2004年7月19日朝日新聞社刊)のP56には「アラーキーが撮った乳がんヌード/一つの乳房の私を見て/写真家と歌人の相聞歌/ 野の花のように自然に」という見出しで、この写真歌集が取り上げられていました。

そのリードは、

乳がんで乳房を切除した歌人がいる。そのヌード写真歌集『乳房・花なり』が出版された。「生の証しを残したい」。強い思いに写真家が応えた。

この記事で初めて知りましたが、写真家の荒木氏は、がんで失った妻の陽子さんの最期の日々を綴った写真集『センチメンタルな旅。冬の旅』(1991年2月25日、新潮社刊)を出しておられました。

その荒木さんのコメントは、つぎのようなものでした。

写真を撮らせ、短歌を詠うというのが、彼女の表現の頂点かもしれない。撮りながら、生きている喜びを感じた


宮田美乃里 [ミヤタミノリ]
1970年11月23日、静岡市生まれ。大学では心理学を専攻する。在学中および卒業後、フラメンコ・ダンサーとしてイベント等に参加。フラメンコ・ダンス講師となるが、病気により平成17年3月28日死去。

荒木経惟 [アラキノブヨシ]
1940年東京都台東区生まれ。千葉大学工学部写真印刷工学科卒業。63年電通に入社、カメラマンとして広告写真を手掛ける。64年『さっちん』で第一回太陽賞を受賞。71年、写真集「センチメンタルな旅」で話題を集め、本格的に写真家として活動を開始。これまでに300冊近い作品集を発表し、海外でも高い評価を受けている。


廃墟から立ちのぼるのは
写真家のエロスと不具の一輪の花

乳がんで乳房を切った女たち
夜風に揺れる野の花となれ

がんであることを支えに生きている
私の瞳に夕陽が揺れる

浜辺にて空を映している君のそばで
ひとつぶ石を手にとる

転移したがんの痛みがくるように
桜の花はただ降りしきる

――以上写真歌集の帯  より
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