はじめの投稿にもどる |
花と悲しみ 魂の軌跡 選択の果てにあるものは 〜 宮田美乃里 特別室 投稿抜粋集 |
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Mainichi INTERACTIVE 女の気持ち より http://www.mainichi.co.jp/life/family/onna/2002/12/07-1.html 00 静かに見守って 静岡市・宮田美乃里 歌人 31歳 |
2年前、心から愛した男性から婚約を破棄された。それまで私はフラメンコダンサーとして舞台に立ち、講師としても教えていた。けれど、それがきっかけになり、ストレスから体調を崩し、以後、踊ることができなくなってしまった。
その後、20歳のころに作っていた短歌が自然に浮かぶようになり、10年ぶりで再び短歌を作るようになった。悲しみを作品にすることで、気持ちの整理をした。300首ほどまとめて今年5月、出版した。 左胸に大きなしこりを発見したのは、そのゴールデンウイーク、ちょうど本の出版と同じ時期だった。検査の結果は乳がんだった。今はセカンドオピニオンといって、いくつかの病院で複数の医師の意見を聞くことが主流だ。私も乳がん治療で有名な病院を、いくつか回った。日本でもっとも多く乳房温存療法を施行している先生の所へも行ったが、がんの大きさと場所からいって、乳房をすべて取るしか方法はないと言われた。医師によって診断はまちまちだったが、最善を尽くしても5年生存率は6割だと言う医師もいた。 友人や親類は、頑張るように私を励ます。しかし、もう私は疲れてしまった。人生は悲しいことばかり。だから、今は静かに見守ってほしい。 (毎日新聞2002年12月7日東京朝刊から) |
Mainichi INTERACTIVE 女の気持ち 反響 読者から励まし、続々 「女の気持ち・乳がんの治療をしない」に |
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毎日新聞2003年1月25日東京朝刊から |
01 「女の気持ち」の投稿に共感(2002年12月24日) 東京都 くろにゃん、38歳 |
12月7日掲載の「女の気持ち」を抗がん剤治療のため入院中の病棟で読みました。妊娠のため不本意な退職をし、紆余曲折をへて臨時職員としてもとの業種にようやく復帰した矢先にがんを告知され、全摘のほかの治療はない、といわれた私にもよくわかる気持ちでした。夏に手術を終え、補助療法も1クールを残すのみとなったいま、当初感じた「もう元に戻れない」という切なさ辛さはだいぶ小さくなりました。 このサイトにも紹介されている小倉恒子先生『怖がらないで生きようよ』という本はとても元気がでました。彼女にも読んでほしいです。きっと踊れるようになるし、短歌もいっぱい書けると思う。ぜひ治療を受けてほしい、と切に思います。 |
02 時期を逃さないうちに手術を受けて(2003年1月28日) 広島県、浜中和子、52歳 |
宮田美乃里さんへ。私は皮膚科医で10年前に乳がんの手術を受けました。私も手術前に元の仕事に復帰できるかと不安でしたから気持ちは理解できます。またフラメンコダンサーとしておそらく美しいスタイルを保っているであろう貴女が、その外見を損なうことに恐れをいだいていることは当然と理解します。しかし今手術をしないで時期を逃すと腫瘍がどんどん増大し、皮膚を破って大変悲惨な状況になります。今の自分らしい自分も保てなくなります。 私は医師としてこのような大変な患者さんも診てきています。乳房を取ってもダンスはできます。今は自分の乳房とそっくりそのままの人工乳房もできます。生きていることがいちばん大事です。 スミレも健気に咲いてこそスミレの美しさがあります。心も体も手術に耐えられないという、今の心理状態は失恋後のうつ状態かもしれませんので、抗うつ剤が必要かもしれません。どうぞ一日も早く手術を受けてください。手術ができる時期を逃さないでほしいと、医師として乳がんの先輩として願っています。(乳がん患者会のぞみの会会長) |
03 生きる努力をするのがしんどい(1月28日) 北海道、いんこ、48歳 |
先日、乳がんを治療しないという人の記事を読みました。私も同じ疾患で自分でがんとわかってからオペまで3年を要しました。オペをしたのは皮膚浸潤の可能性が出てきて、悪臭を放つ滲出液とともに生きるのが耐えられないと考えたからです。生きようとしたからではないのです。 私は10代のころから早く60代になりたいと考えていました。子供のころから厭世観にとらわれていたように思います。周囲の大人の発するメッセージは世界は生きるに値しないというものでした。私にとって世界は恐怖に満ちています。他人と関係を築くことがわずらわしく感じるのです。死の恐怖はありますが、それだけで生きる努力をするのもしんどいものです。 投稿された人の気持ちはよくわかります。生きたいというエネルギーがないのだから仕方がないのです。今後この人がどのような心理に変化をするとしても、あるがままの彼女を見守ってあげる環境が必要だと思います。 |
04 もう少し考える時間をください(2003年2月6日) 静岡県、宮田美乃里、32歳 |
私は1月25日「女の気持ち 乳がんの治療をしない」でインタビューを受けました宮田美乃里でございます。お二人の女性の貴重なご意見を、この欄にお見かけし、読ませていただきました。お気持ちに心より感謝いたします。
治療を受けないでいるとどうなるのかについては主治医から説明がありましたので存じておりました。私は生きることに執着がありません。というよりも、子供のころから生きることが苦しくて「なぜ生きなくてはならないのだろう」といつも考えてまいりました。人生のはかなさや虚しさを感じておりました。ですから、現代医療も受けないし民間療法もいたしませんし、もちろん宗教も持たず、ただ一瞬一瞬を大切に生きていけたら、いつ死んでもいい、という思いでおります。 家は代々医師の家系で祖父も伯父も従兄弟もみんな医師です。また母は医療調剤専門の薬剤師です。私は大学では心理学を専攻いたしました。現代医療には比較的近い場所にいるように思います。 私が「うつ状態」なのではないかという医師の女性の指摘もありました。私自身もそうなのではないかと考え、抗うつ剤を処方してもらったこともありましたが、新しいSSRIやSNRIも効かず、担当医師も私も「うつ」ではないと考えるようになりました。ただ、もう何年もストレスからくる不眠症で苦しんでいるため、安定剤と睡眠薬は飲んでいます。 ここでは詳しくお話できませんが子どものころの精神的なトラウマや悲しみを私は大人になったいまでも抱えています。子どものころに機能不全家族の中で育ち、大人になっても生きにくさを感じている傷ついた人たちのことをアダルトチルドレンと心理学用語では呼びますが、私も、そのひとりなのだと思っています。 いまはもう踊ることもなく静かに短歌を作りながら暮らしています。先日の記事に「スミレにはスミレの美学あるならば誰も私を規定できない」という短歌が紹介されていました。その後、たくさんの方から歌集についてのお問い合わせがありましたので、この場をかりて書かせてください。歌集「花と悲しみ」は沖積舎(ちゅうせきしゃ)から出版されています。1500円です。お申し込みは、03-3291-5891(沖積舎)までお願いいたします。 本当に心からご心配くださいまして感謝いたします。もう少し考える時間をください。 |
05 生きることの意義を私も一緒に探したい(2003年2月6日) 大阪府、ごち、28歳 |
「女の気持ち」の宮田美乃里さんについての記事を読みました。病気の治療をしないことを選んだことがとてもショックです。いまの彼女の決意はもう変わることはないのでしょうか。まだ32年しか生きていない、とても知的で人に影響力を与える方だと思います。そして彼女はどことなく柳美里さんに似ているなぁと思いました。潔さ、厭世的なところ、凛としたところ、言葉を操る力があるところなど…。彼女が生きることを選択するには何が必要なのでしょうか。この世に存在すること、その意義を私も一緒に探したいと思います。 |
06 勇気を出して長く生きて、楽しみを見つけて(2003年2月15日) 福岡県、トミ、57歳 |
自分でもびっくり。乳がんを発見、すぐ手術をして丸5年。最近、また別のところに小さい塊が発見されました。まわりの人もすごく心配してくれています。もちろん時期をみてまた手術をするつもりです。自身のために、それより小さい孫の成長がとても楽しみ。若い人も恐れずに手術を受けてほしいです。いつか死ぬのは誰も同じ。少しでも可能なら、勇気を出して長く生きて…楽しみを見つけてください。 |
07 あなたの幸せに早く気づいて(2003年2月18日) 大阪府、季節はずれのコスモス、41歳 |
人は、ひとりでは生きていけません。長生きすることが幸せとか、お金持ちが幸せとか、結婚することが幸せとか、健康であることが幸せとか…。いえいえ、幸せって自分が思わないと決して“幸せ”ではないですよね。私の父は、私たちに看取られることなく帰宅途中、あっけなく、55歳で突然死しました。“世界一不幸な父”だと思っていましたが、亡くなって10年たったころから惜しまれて逝った父は幸せ者だったと思うし、私は“世界一幸せな娘”だったと思います。貧しく、一間暮らしの生活でも、たとえ体が不自由でも、ひとりぼっちでも、幸せと思っている人はたくさんいます。幸せとは“心が暖かいこと”と思います。あなたの命を考えてくれている人がたくさんいます。これだけでも“幸せ”なことではないかしら。早くあなたの幸せに気づいてください。あなたの命は、生きる選択ができます。どうぞ、もっと幸せになってください。 |
08 宮田さんへ 何かを伝えたくて…(2003年2月25日) 大阪府、GAKIYA AKIRA、男性、42歳 |
宮田美乃里さんへ このメールで届くのか、わからないまま、何かを伝えなければ…という心の衝動に駆られています。神様からのいのちを受け取っていただきたい。内から溢れる新しいいのちを…私という存在をこの世界の中でしっかりと握ってくださる神を…わたしが与える平安は世が与えるものとは違います。この世界の生だけでなく、それらを覆う永遠のいのちを受け取って生きてほしい。聖書、詩篇139篇1-16、23,24 |
09 もっと強く生きてみませんか(2003年3月1日) 石川県、菊池邦子 |
宮田さんや読者の意見を見たのですが、日々とても気になっています。32歳で生きることにどうしてそんなに疲れていらっしゃるのか。「今の瞬間を生きたい」といわれますが、世の中は不条理に満ち満ちていませんか? 自分の人生だから選択権は自分にあるのでしょうが、もっと世間に挑戦して自分を試してみて、自分を甘やかさずに生きてみる工夫をしてみませんか? 家庭が機能不全でうんぬんとおっしゃっていますが、世界を見渡してみたらもっと強く生きなければとはお考えになれませんか? 誰もみな悲しみの中を生きているのではないでしょうか。もったいないじゃありませんか。 |
10 私は宮田美乃里さんが好きです(2003年3月4日) 東京都、乙海亜印、21歳 |
宮田美乃里さんには、宮田美乃里さんらしい生き方をしてほしいです。みなさん「世の中、誰だって悲しみの中で生きている」「神が与えてくれた命を諦めてはいけない!」というけれども、彼女はそういうこともきちんと踏まえたうえでいっていると思うのです。頭ではわかっているけれど、心が傷つきすぎて疲れてしまい、もううまく機能してくれなくなってしまったのだと感じました。過剰に行くところまで行ってしまったのだと。 世の中には、本当に感じすぎてしまう心を持って(あるいは心がぼろぼろになってまひした状態で)、ひたむきに生きている人もいるのですね…。世の中にはいろいろな人がいますが、私は宮田美乃里さんが好きです。彼女の文章を読んで、涙がこぼれました。この世の中がもう少しユニークで、もう少しユーモアにあふれていて、もう少し複雑じゃなかったらよかった…。 |
11 残された家族がどんなに悲しむか(2003年3月7日) 福岡県、トミ、57歳 |
私が出した宮田さん宛ての文が出ていたので、もう一度書かせてください。私は大勢の兄妹の末っ子でしたが、それぞれ病を得て若くして亡くなり、いまは4人だけになりました。手当てが早ければ、助かった命もだめだったのが残念です。生きていればみんなで会って話せるし、兄姉のことを思えばいまだに涙が止まりません。あなたが亡くなれば、残された家族はどんなに悲しまれるか、言葉には表せません。生きて親孝行をして! 金品をばらまくのでなく、優しい言葉を掛け合う日常をつなげてほしいのです。よいこと悪いこと何でもあるのが人生だと思っています。生きていればこそ。 |
12 再スタートしたら新しい自分に出会えるかも(2003年3月7日) 東京都、Pea、38歳 |
宮田さんの投稿を読ませていただきました。私も心がたいへん弱い人間なので、手術を受ける気力がないというお気持ち、すごく理解できます。でも、私たちの体は神様から借りているもので、貸していただいている間は、体を大切にし、精一杯生きなければならないんだというお話を聞き、そうだなあと感銘しました。手術を受けて再スタートされてみてはいかがでしょうか? 新しい自分に出会えるかもしれませんね。手術の経験のない私が偉そうなことを書きましたが、ぜひ手術を受けていただきたいです。だって、助かる可能性があるんですもの。 |
13 好きにさせてといえる彼女がうらやましい(2003年3月7日) 大阪府、えりこ、41歳 |
私も乳がんで、全摘しました。その後の予防として放射線治療(ほぼ毎日通って25回)が終わり、次に抗がん剤がはじまります。家は3人の子供がいて、いちばん下が2歳です。宮田さんのように自分の人生を選ぶ余裕はありません。とりあえず、よしとされることをやるのみです。私には好きにさせてといえる彼女がうらやましいです。それに、「いのちみつめて」(大阪朝刊企画)の海くんや、佐藤健記者のように生きたくても生きられなかった人もたくさんいます。もう一度よく考えてみてはいかがでしょうか? |
14 乳がん手術前後につらいことばかり起こった(2003年3月14日) 岡山県、トラリーヌ、42歳 |
乳がんの手術を受けて3年半、退院当初は腕の腫れや再発の恐怖におびえてばかりでした。いまはそれよりも生活の厳しさと闘っています。手術と前後してさまざまなトラブルや収入減、出費…。つらいことっていっぺんにやって来るのねって感じです。人も信じられないし、そういう自分も好きになれない。 一日一日が精一杯です。毎日10回くらい涙が出るけど、ぎりぎりのところで踏ん張ってはいると思います。 乳がん患者の周囲のみなさん、どうかあなたのイメージに私たちを当てはめないでください。心のありようは本当にさまざまなんです。 |
15 一生懸命生きている人たちに失礼(2003年3月15日) 東京都、あいすけ、29歳 |
宮田さんの記事を読みました。手術、抗がん剤という現代医療に対する不安、不信感は非常によく理解できます。しかし、高度の情報化社会であるいま、食事療法等の手術以外の治療法でがんが治ったという情報もたくさんありますし、またそれらの情報の信ぴょう性を自分である程度確かめることも可能です。 現に私の父も昨年、肝臓にがんが見つかり、そのときは本人も家族も絶望的な気持ちでいっぱいでしたが、その後、食事療法とサプリメントを併用しながら治療をし、少しずつよい成果が出はじめています。手術が嫌なら、いくらでも他の方法を探して試せばいい。そのような努力もせず、生き残ろうとする気持ちもなく、ただ日々を生きることのどこが「自分らしい生き方」なのでしょうか? どのように生きようと宮田さんの自由だとは思いますが、ただでさえ「努力しても無駄」のような風潮が蔓延しているこの時代に、無気力な人生観をマスメディアに載せて公表しないでほしい。一生懸命生きている人たちに対して失礼だと思うし、正直いって気分が悪いです。 |
16 批判をするのは簡単です(2003年3月17日) 静岡県、宮田美乃里、32歳 |
1月25日の毎日新聞で「乳がんの治療をしない」というインタビュー記事でお話しをさせていただいた歌人の宮田美乃里です。私の生き方は「一生懸命に生きている人に失礼」との投書を拝見いたしました。その方が何を根拠に私が一生懸命に生きていないと判断されたのかは存じませんが、その投書を読んで、私は、しばらくの間、涙を流して泣き続けました。 子どもの頃から、私は私なりに一生懸命に生きてまいりました。けれど、私の人生は、つらいこと苦しいことばかりでした。悲しいことの連続でした。投書をなさった方は、いったい私の人生の何をご存知だというのでしょうか? 人生に疲れて死にたくなってしまうほどの苦しみが、その方にはおわかりになるのでしょうか。一生懸命人生に取り組んで、一生懸命に考えて、一生懸命に悩んで、そうして一生懸命に生きてきて、もうこれ以上、頑張ることができないという人間の気持ちが、おわかりになるのでしょうか。批判をするのは簡単ですが、それはときに人間の心を傷つける暴力になるということも知っていただきたいと思います。 |
17 どんな形でもいいから生きる努力をしてほしい(2003年3月18日) 東京都、あいすけ、29歳 |
宮田さんの記事に対する私の意見が掲載されてしまい、改めて読み返すに言葉が足りず、ただ宮田さんを非難しているように読めてしまうので、補足させていただきたいと思います。
私は、宮田さんにどんな形でもいいから生きる努力をしてほしいと思っているのです。お写真を拝見するに宮田さんは大変美しい方ですし、歌集も出されているほどですから才能もおありになるのでしょう。また、宮田さんの記事に共感する人も多くいらっしゃるようです。これはすなわち、宮田さんにはすでに社会に対する影響力が少なからずあるということを意味しています。 しかし、その影響力をもって宮田さんが「生きるのに疲れた」という負の感情を発信し続けていることが、私にはひどく残念で、口惜しく思えるのです。自分を救えるのは自分自身だけですが、宮田さんならご自身を救うことによってより多くの人を救い、励ますことができるはずです。手術以外にも、治療法はたくさんあります。宮田さんがご自分に合った治療法を見つけられることを切に願います。 |
18 宮田さんが希望を見出されることを願っています(2003年3月18日) 東京都、あいすけ、29歳 |
宮田さんへ 私の投稿のせいで悲しい思いをさせてしまってたいへん申し訳なく思っています。おっしゃるとおり、私には宮田さんの、また他のがんで苦しむ人たちがどんな気持ちで、どんなに一生懸命生きているか、完全に理解することはできないでしょう。しかし、がん患者を支える周囲の人間も不安と絶望と隣り合わせで、どうすれば愛する人に希望を持たせてあげることができるか、どうすれば生きる気力を与えられるかを考えながら精一杯暮らしています。そんな中で宮田さんの記事や、他の人の投稿を読むにつけ、共感することもあれば、まるで自分の努力が否定されているようで腹立たしかったり悲しく思うこともあり、どうしても自分の中に感情を閉じ込めておくことができず、あのようないい方になってしまいました。 治す努力をしてほしい、もっと生きてほしいと思うのは、家族のエゴかもしれません。しかし、そのようにして支えることが本人のためになると信じていますし、私にはそれ以外の選択肢がありません。死に直面するという恐ろしい経験が、ただ苦しいだけのものでなく、そこから何か新しいものが生まれるプロセスであると信じてやっていくしかありません。 非難するのと同様、ただ励ますのも簡単なので、あえて「頑張れ」とはいいませんが、いつか宮田さんが希望を見出されることを願っています。傷つけてしまったことについては、本当に申し訳ありません。でも、私の気持ちが少しでも伝われば幸いです。 |
19 宮田さんの涙は生きたいという気持ちでは?(2003年3月19日) 大阪府、ごち、28歳 |
宮田さんの心の変化がいつ起きるのか…と毎日このサイトをチェックしています。宮田さんがあいすけさんの投稿を読まれて傷つき涙を流して泣いた、と知りました。私は20歳のときから5年間付き合った彼にゴミのようにポイっと捨てられてしまった失恋経験があります。別れに納得できず、未練の塊と化し、毎日泣いて泣いて涙が枯れるほど泣いて暮らしました。ヨリを戻したい私に彼は「俺は病気で死ぬから、もう付き合えない」といいました。もちろん、嘘でした。私の願いは彼に届くわけもなく、翌年に彼は別の女性と結婚しました。私には死ぬほど辛い経験だったのですが、不思議と死にたいとは思いませんでした。 死ぬことは生きることよりも辛いことです。彼は自分の生命の源ほど大切だったけれど、死ぬということは自分のすべててを失うことです。身体も心も家族も友人も思い出も、感動も…。この失恋以来、私の心には傷がふさがらないまま残ってしまいました。人間関係を築くのもヘタになり、いまだに人と接するのが億劫です。それでも生きていて楽しいこともあります。宮田さんの涙は生きたいという気持ちではないでしょうか? 私はつらいときに悔しくて涙がたくさん出ました。自分の気持ちのやり場がなくてたくさん出たのだと思います。自分を理解してくれる人は絶対にいると思います。でもそれにはまず自分の心を開くことが大切なのではないでしょうか? 私もまだ少ししか開いていませんが、いつか全開にできる日を楽しみに生きています。宮田さんの病気が快方へ向くことを私は望みます。 |
20 スミレにはずっと咲き続けてほしい(2003年3月24日) 長崎県、清美、41歳 |
宮田さんへ。あなたはご自身をスミレに例えておられますが、私が思いますに、あなたはもやは“野原に人知れず咲くスミレ”ではありません。多くの人があなたのまわりに集い、あなたを気にかけています。その中には、スミレが枯れずにずっと咲き続けてほしいと願っている人も多いはず…。私もそんなひとりです。 |
21 気にかけていただき感謝いたします(2003年3月25日) 静岡県、宮田美乃里、32歳 |
さまざまな方が、さまざまな形で、宮田美乃里のことを気にかけてくださることに感謝いたします。この場を借りて、すべての方にお礼を申し上げたいと思います。
私が治療を選択しない具体的な理由のひとつをお話させてください。実は私の母にもがんの疑いがあります。もう5年程前のこと、検査の結果、がんの疑いがあり、すぐに入院して精密検査を、と大きな病院の医師からいわれたのですが、母は仕事を理由に逃げてきてしまいました。私が乳がんを告知されたのは昨年のことですから、自分ががんになる、ずっと前のことでした。 最愛の母ががんかもしれない、と思ったときには本当にショックで胸のつぶれる思いでした。以前にも書きましたが母は医師の家系で、母自身も医療関係者です。現代医療の最前線の現場はよく知っているはずです。それでも母は検査も入院も拒否しました。 私は母の病を自分のこととして考え悩み、がんに関するさまざまな本を読みました。そして、眠れない苦しい日々を過ごして思い至ったことは、母が望まないのならば苦しい検査や手術、抗がん剤や放射線など、そのような無理な治療を母に強要するのはやめよう、ということでした。 自然食品や民間療法も母が望まないのであれば、好きなものを食べさせてあげて、好きなだけ仕事をさせてあげて、自宅で普通に生活を送らせてあげて、できるだけそばにいてあげて、そうやって母の尊厳を守ってあげたい、そう思いました。それによって仮に最愛の母の命が少し短くなったとしても、もし治療によって苦しみ泣きながら病院のベッドで点滴や医療器具に拘束されて、それで死んでいくことを思えば、私は母にそんな闘病はしてほしくないし、何よりも母が闘病を望んでいませんでしたから、私は母の自由にさせてあげることにしたのです。 そのかわり、明日、母が死ぬかもしれない、という覚悟だけは心に決めました。そして、仮に明日母が死んでもいいように私は最善を尽くして母を愛そうと誓いました。 大切なのは、生きている時間の長さではないと思うのです。生きる内容の問題なのではないでしょうか。幸い、母は、現在も元気に仕事をして自分の趣味も楽しんでおりますが、でも、私は常に不安と闘っています。「もう全身に転移して末期状態なのかもしれない」そう思うこともあります。でも、母は病院で診察を受けようとはしませんし、私も無理に治療は勧めません。無理な治療や延命をするよりも、いまを、この一瞬を、幸福に笑って生きてほしい、そう願うだけです。 さらに、お話しすれば、私の父方の祖母は末期がんで、現在、大きな病院に入院中ですが、歩くこともできず、食べることもできず、ただただ仰臥するのみです。全身、さまざまな医療器具につながれて、本当に見るにしのびない状態なのです。延命というものの残酷さを私は目の当たりに見ています。そのような事情もあり、私は、現在、治療を受けない選択をしています。母に対してしてあげたのと同じことを自分に当てはめているだけです。 また手術さえすれば治るように思っておられる方もあるのかもしれませんが、私のがんはそれほど初期ではなく、私の場合、ある医師によると、全摘手術、抗がん剤の投与、放射線治療のすべてをやったとして5年生存率は6割とのこと。最善の治療をしても再発や遠隔転移の可能性が非常に高いのです。それならば、苦しい治療を受けて長生きするよりも、仮に生きられる時間が少し短くなったとしても、いまこの瞬間を大切にして生きたいと願います。 |
22 宮田さんが宮田さんらしく生きるお手伝いをしたい(2003年4月3日) 兵庫県、まっしー、33歳、男性 |
自分らしい生き方と自分らしい死に方、この問題はおそらくもっとも根源的な、もっとも難しい問題ではないでしょうか? 宮田さんがご自分の病気に対して治療は行わないと決められたこと、それに対してのさまざまな方のご意見を拝見させていただき、改めてそう思う次第です。
私自身、脳腫瘍を患っています。4年前に一度手術を受け、その時はほぼ100%腫瘍は取れたとのことでしたが、2年後には元の大きさにまで再発してしまいました。それ以降、食生活を見直し、現在は小康状態が続いています。腫瘍の部位は脳幹の前、頭蓋底にあり、手術で腫瘍をすべて摘出することはできません。部位が部位だけに、手術をすれば何かしらの後遺症は覚悟しなければなりません。私は、「自分らしい死に方とは?」「自分らしい生き方とは?」、そもそも「自分らしさとは?」ということを最近ずっと考えています。「自分らしさとは?」という問いに対する答えはまだ見つかっていませんが、少なくとも大切なことは「どれだけ生きたか」という“長さ”ではなく、「どのように生きたか」という“質”だと思います。今生かされているこの瞬間を大切にし、生かされていることに感謝して精一杯生きることだと思うのです。 よく「相手の立場に立って考える」という言葉を聞きますが、どんなに頑張っても、私たちが宮田さんの立場に立って、宮田さんの気持ちを理解することは不可能だと思います。さまざまな方のご意見を拝見させていただいても、本当の意味で宮田さんの立場で意見を述べておられるものは見当たらないと私は思います。結局のところ、宮田さんが持っている悩みや苦しみは、本当の意味で私たちが理解することはできないということをきちんと理解しなければならないと思うのです。このことを前提にして、私たちは宮田さんと歩んでいかねばならないのではないでしょうか? 私たちにできることは、宮田さんの悩みや苦しみに共感し、それを少しでも軽くする手助けをしてあげることではないでしょうか? “してあげる”などと偉そうなことはいえません。手助けをするのには、それを相手が望んで初めて成り立つからです。相手が望んでいなければ、どんな親切心から出た手助けでも、相手にとっては“余計なお世話”以外の何者もありませんから。 人はどうしても自分の物差しで物事を推しはかろうとしてしまいます。宮田さんの立場に立って考えているようでも、自分の物差しを当てて考えてしまうものです。なぜなら、私たちには宮田さんの物差しを持っていないから。私には、宮田さんの決断が正しいとか間違っているとかはいえません。この「正しい」「間違っている」は私の物差しで推しはかった結果のもので、宮田さんの物差しを使って私が考えたことではないからです。そして、決して私の物差しが唯一の物差しではないからです。 私にできるのは、そして仮にそれをさせていただけるのであれば、宮田さんの悩みや苦しみを少しでも軽くするお手伝いだけです。少しでも宮田さんが宮田さんらしく今この瞬間を生きることができるお手伝いだけだと思うのです。 |
23 宮田さんの勇気ある行動を支持します(2003年4月5日) 茨城県、時野みどり、41歳 |
どうして多くの人が治療して生きることだけを勧めるのかわかりません。人それぞれ生き方の選択があります。その人の人生観は違うことを認めてあげなくてはいけないと思います。がんだって手術すれば治るものもあれば、そうでないがんもあります。宮田さんの出した結論に自分の人生観や経験を安易に押しつけることはできないと思います。
私も30歳の時に乳がんの手術を経験しました。「幸せな家族に支えられいまは幸せよ」「生きていてよかったと思うときがきっとくるよ」など多くの励ましの声をもらいました。でも、実際はたくさんのことをあきらめなければならず、その後の長い治療のためになくしたものもたくさんあります。幸せな経験談の後ろには多くの悲惨な現実も隠されています。幸せながん患者は自信満々で他人を励ますけれど、不幸な人たちは自分を責め続け、運命を密かにのろい続けているのです。 実名を出して堂々とご自分の選択を文章にされた宮田さんの勇気ある行動を私は支持します。彼女の気持ちを尊重してあげるのも大切ではないでしょうか。彼女は本当に「精一杯生きている」と思います。 |
24 宮田さんの好きなように生きてください(2003年4月7日) 海外在住、そめいよしの、25歳 |
宮田美乃里さん、はじめまして。宮田さんの静かに見守ってという投書、インタビュー、読者の皆さんからの声、すべて読んでいる者です。時々宮田さんご本人からのコメントもあり、気になってこのページをいつもチェックしています。
宮田さんご自身の人生がどんなものか、苦しみがどんなものが、他人には理解できない味わえないものだと思います。私も、宮田さんとは別の病気で苦しんでいます。この病気になっていなくても人生いろんな悲しいことがあって、どうしてこんなに苦しまなくちゃいけないんだろう、もう打ち勝つ自信もない、と途方に暮れたりもしますが、とにかく私の場合はなんとなく毎日を過ごして、生きる屍のように日々を送っています。 宮田さんの文章を読むと、なんだかもうふっきれてすっきりされているようですし、歌集を出版されるなど、ご自身のやりたいこともできているようですね。もちろんこの限りでは、宮田さんがどんな毎日を過ごされているか、私にはわかりません。(あくまでも宮田さんの一部分だけを見てこの文章を書いていることを忘れないでください)ただ、悔いのないように生きてほしいです。長く生きていても、自分の時間を充実させられるかどうか、幸せばっかりかどうか、そんなのわかりませんもの。宮田さんの好きなように、生きてください。宮田さんがスミレなら、私は桜のように生きたいです。 |
25 薬や治療に頼らずに病と付き合うのもひとつの選択(2003年4月12日) 海外在住、ありまさ、33歳、男性 |
宮田さん、私は男性ということもあり、乳がんではなく、心の傷や心の病について書かせていただいてもよろしいでしょうか。
宮田さんが婚約破棄され、踊れなくなってしまうくだりは、自分の経験した痛みのように読みました。私も心から信頼したパートナーにひどく裏切られ、以来なにも手につかなくなりました。いわゆるうつの状態なのでしょう。極端に血圧の下がる体調不振にも陥りました。家族や信頼できる友もいない外国生活でうつは悪化するばかりで、丸1年以上ニコリともせず、怒りやら悲しみ、絶望とともに生きました。ある時、知り合った看護師の女性から是非にと精神科医や抗うつ剤などの治療を勧められ、気の向かぬまま精神科医の門を叩き、抗うつ剤の服用をはじめ、ほどなく抗うつ剤の効果が現れました。しかし私にとって抗うつ剤は苦痛でしかありませんでした。薬で気分は明るくなるのですが、心の中はどんよりと曇ったまま。頭と心がちぐはぐで狂いそうになり、次に鎮静剤を服用。これはこれで、私の場合、気持ちを落ち込ませます。知り合いからはカウンセリングや他のセラピーを受けよとの模範解答的なアドバイスを受けましたが、未だに実行していません。どうしても気がすすまないのです。 先月、忙しい日々が続き、毎朝晩2錠ずつの鎮静剤の服用を忘れて、それからはずっと服用をやめています。それ以来、かえって心が落ち着いたような気がしています。食欲不振やら倦怠感を感じるうつの状態が続いていますが、今はこうして薬に頼らず、自分のうつ病と向き合うのもいいのではないとか思っているのです。 医師や医療関係者でもない素人がうつとがんを一緒くたに扱うのはたいへん不謹慎なことなのですが、薬、治療に頼らずに病と付き合うのも私にはひとつの選択に思えるのです。その点で宮田さんの生き方に共感を覚えるのです。宮田さんの病に比べれば、私のうつ病などとるに足りません。宮田さんがスミレで、そめいよしのさんが桜であるならば、私は痛みや悲しみをするりとすり抜ける“風”になりたいのです。 |
26 皆さんがそれぞれの生き方をできますように(2003年4月19日) 海外在住、そめいよしの、25歳 |
これはあくまでも、乳がんがテーマをした意見募集なのかもしれませんが、ありまささんの投稿を拝読し、どうしても書きたくなったので再度投稿させていただきます。
実は私もありまささん同様、海外在住で心身のバランスを崩し、いわゆる心身症のあらゆる症状で長い間悩んでいます。やはり宮田さんのご病気と比較しようとしても比較できないと思います。まったく別モノの病気ですから。ただ、さまざまな人の意見を聞いて、そして自分の目や耳や心で確かめて、どのような治療を受けるか、または受けないかの決断をするのには賛成ということがいいたかったのです。 治療を受けないのがいけないとはいい切れない部分があると思うのです。私は父を亡くしました。私の知らないうちに父は治療を受け、そしてそれが原因で不随になり亡くなりました。父を見て、受けなくてもよい治療もある、治療を受けたからといってそれが必ずしも明るい結果につながるわけではなく、その後の人生を病院の天井を見て過ごすだけになるという事実も見ました。父は苦しかったと思います。だったら治療を受けずに車の運転も続けたり、外を散歩したり、残りの人生を好きなように過ごせたかもしれません。知人にも親戚にもがんを患っている人がいます。手術をして元気に生活している人、再発して再度治療を受けている人、さまざまです。皆精一杯生きています。皆、それぞれの生き方を選択した人たちです。 宮田さんは“静かに見守ってほしい”とおっしゃっています。お会いしたこともない方ですが、私は遠くから見守っているつもりです。最後に、風のようになりたいありまささん。私は桜のように生きたいと書きました。あれにはいろんな意味がありまして、一度でいいから桜のように見事にぱあっと咲いて、何かを成し遂げて、そして潔く散りたいという意味をこめてあのように書きました。皆が、それぞれの生き方をできますように。 |
27 宮田さんの決心を美化することはしてほしくない(2003年4月20日) 東京都、がんより大変なことはたくさんあります、35歳 |
誰をも批判するつもりもありません。ただ、ここで、話題になっておられる方の「治療しない」ということについて、読んでいて、気になりました。ある一面では彼女の決心は勇気があるものでしょう。そして、一生懸命生きてこられて辛いことばかり人生を経験されたことも大変気の毒だと思います。けれども、勘違いするべきではないと私がいいたいのは、がんとその治療よりも、辛いことはこの世にたくさんあるということです。 これまでの辛いご経験と比べたら、治療は本当にこの方にとって耐えられないものかどうか疑問です。彼女ご自身が、感じておられる辛さは、誰も否定できません。だからといって、彼女の治療を受けないという理由は賛成できません。もちろん賛成してほしくて、こういう場で、彼女が、ご自分の意見やお気持ちを述べておられるわけはありません。反対意見や、疑問を持つ方が、投稿されてもまったくおかしいことではないはずです。けれど腫れものに触れるような書き方の投稿もあるように見受けます。 治療できるレベルのものを治療しないというこの方の決心を、美化することだけは、医師として、小さい子どもの母として、また35歳で、実際乳がんの治療、手術も抗がん剤も、放射線も今現在経験している者として、あまりしてほしくないことです。美化しているように見えるのは、私だけかもしれません。それならそれでいいのです。私の気持ちを述べさせてください。 筋ジストロフィーなどで、必死に生きてこの世を去っていく青年たち、治療法のまったくない多種の病に苦しむ方、また、さまざまな重症のハンディを持った子どもさんを抱える親たちなどの気持ちを思う時、彼女に許されている、自由にできる状況は、ぜいたくに見えることもあるのです。それは、事実であり批判ではありません。これが自分の子どもに起こっていたらと思うだけで治療の辛さが半減しました。 |
28 宮田さんの生の充実をお手伝いしたい(2003年4月22日) 兵庫県、まっしー、33歳 |
4月20日の「がんより大変ことはたくさんあります」さんへ。お断りしておきたいのですが、あなたのご意見を批判するつもりはありません。また、あなたが私の意見に対して「腫れ物に触るような書き方」とか「美化している」というようにいっておられる訳ではないことも承知しています。ただ、少し気になりましたので敢えて書かせていただきたいと思います。 あなたは医者であり、実際に乳がんの治療も受けておられる方ですから、私などが偉そうなことをいえる立場ではありません。私がいいたいことは、「私は宮田さんとは違う意見だけれども、宮田さんの考えも理解できるよ」ということです。宮田さんの考え方に共感できる心のゆとりを持って、宮田さんの悩みや苦しみ、辛さを少しでも軽くして、宮田さんが宮田さんらしく今この瞬間を生きていられるように手助けしてあげることです。 たとえ同じ風景を見ていても、育ってきた環境が違うのですから、その風景に対して抱く感情は違うはずです。その風景の中で何がいちばん印象に残るかは人それぞれです。さまざまな意見があって当然です。ただ、何がつらいかは人によって違います。そもそもつらいことや悲しいこと、苦しいことなどは人と比べるものではないはずです。これらのことは上を見ても下を見ても、それこそきりがありません。他人からみて「おかしい」と思えるようなことでも、当人は真剣に悩み、傷つき、苦しんでいたりします。 レストランでウェイトレスさんにメニューを決めてもらう人はほとんどいないように、自分の生き方は自分で決めなければなりません。宮田さんの生き方は、宮田さんにしか決められません。私たちがどういおうと、最終的にどうするかを決めるのは宮田さんご自身です。私はあなたの生き方を批判しているのではありません。今のあなたの生き方は、さまざまなことを考慮に入れてあなたが導き出した生き方ですよね? 脳腫瘍を持っているとはいえ、幸い良性のため、放射線治療等を受けていない私ががんの治療の苦しさを理解できるはずはありませんが、治療の後遺症に苦しんで生きる2年が、自分が自分らしく納得のいくように生きた2カ月に勝るとは必ずしもいえないと思うのです。先ほども書きましたが、私たちがするべきことは宮田さんの生の充実を手伝うことだと思うのです。そのためには、たとえ自分の考えが宮田さんのそれとは違っていても、宮田さんの考えに共感できるだけのゆとりがなければなりません。あなたは宮田さんの考えに共感できますか? 本来の趣旨とは離れた内容になってしまい、申し訳ありません。また、この拙い文章をお読みになって、ご気分を悪くされたのでしたら謝ります。ただ、私は、宮田さんの「治療をしない」という決断を美化しているつもりはありませんし、腫れ物に触るように意見を述べたつもりもありません。宮田さんが宮田さんらしく今を精一杯生きてほしい、ただそれだけです。 |
29 姉の姿を見ていると宮田さんの命がもったいない(2003年4月22日) 栃木県、双子の妹、49歳 |
皆さまそれぞれのご意見があって当たり前ですが、私の姉は現在乳がんが背骨に転移して、両腕がしびれてお箸を持つことも不自由になってしまいました。入院による抗がん剤の点滴を終えて、退院するその日に肺に1リットルも水がたまっていることがわかり退院は延期になりました。抗がん剤の副作用なのかあるいは抗がん剤が効いていないのか原因はわかりませんが、本人も家族も大きなショックでした。抗がん剤の副作用に耐えても、たとえ不随の身になってもそれでも家族のために、あるいは自分のために回復し、治ると信じている姉の姿を見ています。
姉のこの姿を一緒に祈る思いで支えている私は、宮田さんの命がもったいなくて仕方ありません。手術をしなければ治らない、抗がん剤を使わなければ死を迎える…とは限りません。そのまま生活習慣を変えるだけで、がんが消えたという人もいます。取り返しのつかないことは世の中たくさんあります。どうぞ後悔のないよう本当の自分を見つめて結論を出してください。 |
30 死ぬのを待つのは自殺と変わらない(2003年4月24日) 神奈川、ゆみ、34歳 |
宮田さんのことで。人生嫌なことばかりでただ死ぬのを待っているみたい。なんか自殺するのと違わない気がするけど。自分で命を絶つのは周りの人のことを考えない自己中心的な行動よ。私だって宮田さんのようにがんになったら自然に死ぬのを待ちたい心境だけど、多分あきらめないと思う。本を出せるくらい、いい短歌を作れるんでしょ。それだけ素晴らしい心があるんでしょ。手術で外見が変わっても心は変わらないし、手術後もまた短歌を作ってみては…。人生をすぐにあきらめないで、少しでも可能性を信じて頑張るほうが精一杯生きるってことじゃない? 人にはそれぞれ違った形でその人なりの大きな悩みや苦しみを抱えていて、宮田さんもそのひとりでしょ。手術ができないくらいならもう仕方がないけど、宮田さんは可能性があるにもかかわらず、あきらめながら死を迎えるみたいでなんか腑に落ちない。 |
31 将来なにかのきっかけで治療されるなら、また喜ばしい(2003年4月24日) 海外在住、ありまさ、33歳 |
再びこの欄に、心身症を患う私が同じく病む者との理由だけで投稿することをお許しください。 私は約2年、心身症を病んでおり、時に死にたいという衝動に駆られる以外は死に至る病ではなく、がんとはまったくの比較対照外です。いろいろな人がそれぞれの立場で宮田さんの生を見つめていることでしょう。医療関係者であれば医学的見地で、ご自身あるいはご家族ががんを経験された人は経験的に治療を勧められますし、また宮田さんの生き方に哲学的、文学的な印象を受ける人もあれば、ごく常識的、道徳的、倫理的にご意見される人もいます。 おそらく宮田さんはご自身の生き方、決断をこのいずれの「〜的」といった形容詞でとらえられるのを望んでいないのだと思います。私は心身症になり1年半の間はまるで自分が無力になり、手をこまねくようにして目の前を季節や時間がただ過ぎてゆく恐怖の体験をしました。その間、看護師の方が精神科医での治療を勧めてくださりましたが、結果的には私の望むものではありませんでした。しかしその方の職業意識からすれば、当然のことだったに違いありません。最近は少しずつ心境に変化がおとずれ、望んだわけでもなしに期せずして病になり、人生とはなんと不思議なのだろうと思うようになってきました。病と生の関わりを「不思議」と呼ぶことで、病を決して否定的ではなく、また忌むべきものとしてではなく、自分の中にあるものとして理解しようとしています。 宮田さんは宮田さんなりの病と生の関わり方を見つけていらっしゃることでしょう。私もそめいよしのさんと同じく宮田さんの生き方を遠くから静かに見守っていたいと思います。私は宮田さんの治療を選ばない生き方に共感していますが、将来なにかのきっかけで治療されるとなれば、また喜ばしいこととして祝福してあげたいのです。 |
32 私の本当の気持ち(2003年4月24日) 静岡県、宮田美乃里、32歳 |
すべての方を敵に回す覚悟で、本当の気持ちを申し上げます。
私は一日も早く死にたいのです。この苦しく悲しい人生に終止符を打ちたいのです。治療を受けない決意をしたのはそのためです。最愛の母も、私のその気持ちを知っています。 現在、毎日新聞のインタビュー記事を見たある出版社から、手記の執筆依頼があり、その原稿を書いています。来年には出版できるのではないでしょうか。私の職業は歌人です。これまでの私の著作には歌集「花と悲しみ〜魂の軌跡〜」があります。お問い合わせは、03-3291-5891(沖積舎)まで。そこには、これまでの私の気持ちが書かれています。 私は死ぬ日まで、一生懸命、生きるつもりです。死と向き合って生きることは一瞬一瞬が真剣勝負なのです。誰が批判しようとも、私の気持ちは、変わらないでしょう。私のことを「おかしい」という人もいるかもしれません。それならそれで、かまいません。それから、私は、もう何年もカウンセリングを受け、心療内科にもかかっています。ストレスから受診しているのです。けれど、医師もカウンセラーも、私の気持ちを変えることはできませんでした。 |
33 死んだら楽になれるという確信があるんですか(2003年4月28日) 東京都、ありさ、30歳 |
宮田さんへひと言、死んだら楽になれるって本当に確信があるんですか。永遠の世界がもし地獄のような世界だったら、どうされるんですか。生きているほうが楽だったって思われるかもしれませんよ。もっとはっきりと死後の世界について確信を持たれてから、死ぬことを望まれたほうが賢いのではありませんか。 |
34 「一日の早く死ぬこと」が最善の選択かどうか再考を望みます(2003年5月1日)
東京都、直樹、男性、58歳 |
美乃里さんが今置かれている厳しい状況に対して、治療をすすめる私の考え方がお役に立てば幸いです。
母は胃がんで亡くなり、妻が乳がんを患った私にとってがんは仇のような存在です。19年前、母は手術後6カ月で死んでしまいました。10年前、妻は手術と抗がん剤と放射線の治療を受けましたが、すでに脇のリンパ節に転移している進行がんだったため、再発の可能性が高いと医者にいわれました。そのため、退院後は食事療法、気功、漢方、ビタミン、人参ジュース、尿療法などさまざまな代替療法を試してきました。ひとつひとつの効果は小さくても、全部を集めれば大きな力を発揮するかもしれないという期待からでした。幸い、現時点までに再発していませんが、乳がんは10年経っても完治したといえない病気ですから、まだ安心できません。 以上のような体験に基づいて、美乃里さんが治療を受けない場合と受けた場合のそれぞれのプラス点とマイナス点を考えてみました。 (A) ■治療を受けない場合のプラス点:治療に伴う痛み、副作用は免れます。 ■治療を受けない場合のマイナス点:がんが次第に成長して、激しい苦痛(治療の苦痛よりも大きい)が生じ、死に至ります。 その実例を記録した「死亡率百パーセントを生きるーある愛と死の記録」(木原武一著、新潮社)という本があります。そこに登場する乳がんの女性は、玄米を中心とした食事療法だけを行い、病院の治療は受けない道を選びます。しかし、がんは少しずつ大きくなって、耐え難い苦痛に襲われて、そこから逃れるために2回自殺を図りますが、死にきれません。最後にやっとホスピスに入って、激しい苦痛が軽減します。治療を受けても受けなくても同じ年月しか生きられないと仮定しても、その間に襲ってくる苦痛の大きさには大きな違いがあるようです。後悔しないためにもぜひお読みください。 (B) ■治療を受けた場合のプラス点:5年生存率は6割と医師からいわれたそうですが、医学は日進月歩ですから、それまでに優れた薬や治療法が開発され、治る可能性が考えられます。 ■治療を受けた場合のマイナス点:治療に伴う痛み、副作用がありますが、これらは一時的で皆が耐えられる限度内のものです。 以上の客観的な分析をもとに総合評価すると、治療を受ける選択(B)のほうが治療を受けない選択(A)よりも望ましいことになります。ただし、(A)、(B)それぞれの場合、実際に何年生存できるかは誰にもわからないので、その観点からすると、どちらを選ぶかは統計的確率に基づく一種の賭けになります。 「私は一日も早く死にたいのです。この苦しく悲しい人生に終止符を打ちたいのです。治療を受けない決意をしたのはそのためです」ということは、たとえがんにならなくても自殺したいという意味でしょうか? 「真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。人生が生きるに値するか否かを判断する。これが哲学の根本問題に答えることなのである」と悩み考えたカミュは最終的に「ニヒリズムとペシミズムにもかかわらず生きる」という選択をしました。私もこのカミュの生き方に同意します。美乃里さんにとって、「一日も早く死ぬこと」が最善の選択か? 他の生き方はすべて望ましくないか?という問題について何度でも再考してくださることを願っています。 |
35 心を病んでいるときは前向きに生きようとするエネルギーがわいてこない(2003年5月7日)
海外在住、ありまさ、33歳、男性 |
体の強い人、体の弱い人がいるように、心の強い人と弱い人、それぞれ個人差があるようのではないでしょうか。宮田さんの文学的才能と心の強さ、あるいは精神力をまったく別個のものと考えるべきと私は思うのです。むしろ、傷つきやすい繊細な感受性を持つ心ゆえに宮田さんは歌を作ることができるのではないでしょうか。宮田さんの作品をいまだ拝見しておりませんが、おそらく彼女がようやくしぼり出した心の叫びなのだと私は想像するのです。
これは私の心身症体験なのですが、深刻に心を病んでいる時は、前向きに生きようとするエネルギーが少しもわいてきません。精神科医や知人は「何か生きる喜びを見つけなさい」といい、それを見つけるべく自分自身いろいろと探し、試してみましたが、そんなものは見つかりませんでした。毎日を欲望も感動もなくただ生きているだけで精一杯です。それどころか、自分を傷つけることでのみ、自分を死に向かわせようとすることでしか、自分の存在を確かめることができなくなっていきます。死を浮かび上がらせることで生を実感するのです。 宮田さんはがんを体の中に持っていらっしゃいますので、私が経験した以上にリアリティーを持って死と向き合っておられることでしょう。前向きに生きるエネルギーが空っぽの時にいくら励ましてあげても、それは燃料のないストーブに火をつけたり、煽いでみるようなものです。いつか彼女の心にエネルギーが満ちるのを、それは彼女自身が満たすのかもしれませんし、誰か第三者がもたらすかもしれませんが、そんな奇跡を私は静かに見守ってみたいですね。 |
36 自分自身の未熟さに気づいて(2003年5月7日) 栃木県、双子の妹、49歳 |
宮田さんの「本当の気持ち」を読ませていただきました。私も正直に本当の気持ちを書かせていただくならば…勝手にして…という思いです。
誰しも、悲しみや、苦しみがあります。自分がいちばん不幸だと悲劇のヒロインになっているように思えて仕方ありません。心療内科の先生の治療も自分を変えることができないと書かれていましたが、そんなあなたの傲慢さがあなた自身の人生を決定づけてしまっているのではないでしょうか? 32歳という年齢は人間としてまだまだ未熟であって当たり前ですが、あなたはその未熟さに気づいてらっしゃるでしょうか? 今、あなたの投稿を、そして読者の意見を読み返してみたとき、一方通行の空しさを禁じ得ません。 |
37 宮田さんが決めた覚悟を私は尊重します(2003年5月9日) 千葉県、山口祐子、51歳 |
宮田さん、ご自分のお気持ちを大事になさってください。私は心からあなたを支援します。私の母は三年前、末期の肺がんでモルヒネによる苦痛緩和を受けながら89歳で亡くなりました。尊厳死協会にも加入していた母の意思を兄姉とともに尊重した結果です。意識のレベルを落とされた母と話ができる訳もなく、とても寂しい別れでしたが悔いはありません。その人の生はその人しか生きられません。自分の生をどう生きるか、あなたの決められた覚悟を私は尊重します。 |
38 日本の精神医療は置き去りにされている(2003年5月9日) 匿名希望 |
私と同じ年令で同じ独身の宮田美乃里さん。心から信頼された婚約者と別れさぞつらく苦しく心身ともに調子を崩されたところの乳がん宣告。あれから1年経ちますが、病状のほうはいかがですか。進行してたり定期健診をさぼってはいませんか。
あなたの意見や他の読者の方の意見を読ませてもらいました。私は、医療に携わるものとして、一個人の意見になりますが、どう感じられるかわかりませんが書いてみることにしました。 宮田さんにお聞きしたいのですが、患者会のほうに参加されていますか? 乳がんでしたら有名な会もありますし、乳がんで亡くなられたジャーナリストの千葉敦子さんの手記を読まれたことはありますか。この機会ですから、そこからも調べてみてはいかがでしょうか。考えに少しは変化が出てくると思います。インターネットをつなげる状況でしたら、メーリングリストで乳がんの方がやってるものもありますので、思いを書いてみてもいいかと思います。 私は、乳がん患者に関わる機会はほとんどないのですが、昔の知識ですがリンパ節転移とかなければ温存とか全部切除してから抗がん剤+放射線治療というのがパターンだと思います。最近はホルモン療法もでてきていますけど。副作用、苦痛は伴いますし、手術後も1日目から歩いて回復室から自室に戻ってリハビリが開始されるのがほとんどなので負担も大きいでしょう。 治療受ける受けない以前より、宮田さん自身が周囲の励ましや批判に今はとてもそれに耐えられない、治療も今の気持ちでは耐えられないと思います。最終的には宮田さん自身ですが、心の病んでる方は周囲の励ましはとてもしんどい、返って逆効果になってると思います。精神科にもかかられたみたいですが、医療を受けるにはお互いの信頼関係も必須です。疑心暗鬼になられたり、精神科の治療に対し立ち向かえない気持ちであるときに乳がんの治療はもっと難しいと思います。 静岡には新しくできたがんセンターが最新のがん治療を行っていて詳しくは定かでないですが、女性専用の外来や病棟もできているようです。これまで問題にされてきたターミナルケア、メンタル面でのフォローも重要視されてるみたいです。しかしほんの一部の施設しか日本にはない実情です。 がん患者はもちろん、すべての人たちの精神医療がまだまだ乏しく、その負担を病棟の看護師も負うことになります。医療技術の煩雑化とともに要求されて、看護師の働く環境はもっと厳しくなってきています。いままでの経験から、もっと精神医療を充実させてほしい、でも経営は厳しいから点数の多い医療のほうに目がいくので、置き去りにされている現実もまだまだあります。そして、インフォームドコンセントの難しさ、知ることはとても大切なこと、納得した医療を平等に受けること、自分が当事者になったときにどう対応するかということ、これまでの経験から痛感しています。 今後は宮田さんご自身が決めることなのでとやかくいいませんが、いい機会です。いろいろ思い悩んでもいいと思います。ダンサーをする気持ちまでまだいっていませんか? 人って身体を動かすとその瞬間がとてもラクになります。私は、ときどき外の花々をみています。それだけでもラクになりますし、花ばなの生きる何かを感じます。あと、E・キューブラロスの「死ぬ瞬間」という本を読まれたことありますか? 私も読みましたが、なんだか不思議な本でしたけど。E・キューブラロスはターミナルケアの医師として数々の患者の死を見つめてきた人です。 |
39 共感して友人になってあげるほうが重要(2003年5月13日) 東京都、horihorihori、男性、43歳 |
宮田さんの覚悟は考え抜いたもので、第三者がとやかくいうべきものではないのではありませんか? むしろ残りの人生で、彼女が、人間に縁あって生まれたことの喜びをできるだけ体験すること、悔いなく生きたことの確信を持つこと、死んでも多くの人びとの心に残る何かを残すこと、それらを実践することを助けてあげるほうがずっと人間的で命を大切にすることではないでしょうか? 命を粗末にすることは非生産的なことで愚かなことでしょうが、彼女の人生における達観は、たとえどこかに未熟さがあっても、まったく違う境遇のものでも共感できうるものがあると思います。決して命を粗末にするとか未熟で愚かなことではないと思います。批判するよりも、友人になってあげるほうが(共感するほうが)重要ではないでしょうか。 |
40 宮田さんの生きるエネルギーが湧いてくることを祈ります(2003年5月14日)
海外在住、ありまさ、男性、33歳 |
私たちがどんなに宮田さんの生き方を批判し、あるいは同情してみたところで、誰も彼女の人生を生きられるわけでも、また彼女の人生に責任を持てるわけでもありません。世界には何ひとつ同じ人生などありはしません。彼女の決断は未熟ではあるのかもしれないけれど、彼女なりの悲しみと苦しみに満ちた人生を彼女なりに生きて抜いてほしい。彼女の人生は彼女しか責任を負えません。 いつの日か、宮田さんが生きる喜びに巡りあい、彼女の心に生きるエネルギーが湧いてくるかもしれません。その時は共に喜びたい。彼女が自分の生を彼女なりに生きれるように私は静かに見守りたい。 |
41 宮田さんはなんのために投稿を?(2003年5月15日) 大阪府、やすえ、43歳 |
宮田さんが同情も共感もほしくなかったのであれば、どういう理由で新聞に投稿されたのでしょうか? また、何をもって本の出版などされるのでしょうか? そっとしておいてほしかったのであれば、投稿などしなければよかったのに。苦しい、悲しい状況を知ってほしい、でもなんの助言もほしくないというのは? 全国の読者にこれだけ長期間に渡って賛否両論を巻き起こしています。いろんな方が意見をくださってます。皆さんもそう思いませんか? |
42 ものを書くって不思議な力があります(2003年5月15日) 神奈川県、Nekotenki、53歳 |
「世の中はなんて美しいのだろう」 宮田さんが乳がん治療をしない選択をされたことはご自身の考えだと思います。遠藤周作さんが実話として書かれた言葉を思い出しました。アウシュビッツで処刑される人が、硬い小さなパンを同房の人にあげ去っていくとき誰かがつぶやいた言葉です。極限状況でこれができる、こういえる人間って素晴らしいですね。生きることは時には心がずたずたになります。でも黒い武骨なプラタナスの木にも春がくれば明るい緑のかわいい葉が忘れずに出てきて、私たちの心を弾ませます。 宮田さんは今のお気持ちを書いておいでとのこと、ものを書くって不思議な力があります。この本が世に出るころには、彼女の心に再生の光が宿り、涙で洗ったような今の微笑が力のある笑顔に変わることを願っています。ちなみに私は左胸がありません。怖がり痛がりの私は恐れおののきましたが、手術はまったく痛みがなく、補助療法も抗がん剤でなくホルモン療法を選択し、2年半後の今も毎日元気に笑って仕事をしております。 |
43 もっと謙虚になって(2003年5月16日) 東京都、めいこ、41歳 |
大阪府のやすえさんのご意見に同感です。宮田さんの行動は矛盾だらけで、周囲を巻き込んでいるだけにしか思えません。悲劇のヒロインを気取って、だれにも自分を変えられない、早く死にたいと思っているなら勝手にひっそりと死を待てばいいんです。婚約者が去ったのも病気も全部他人のせいですか? そして宮田さんだけの悲劇ですか? 甘ったれていませんか? 危険なナルシズムに酔っているならどうぞ最後まで続けたらいいですが、他人を巻き込まないようにお願いします。 私も33歳で子宮がんになり子宮を全摘しましたが、生きていてよかったと感謝しています。もっと謙虚になって、といっても聞く耳を持たないのでしょうね。空しい思いです。 |
44 宮田さんはこの世に何か、誰かを求めているのでは(2003年5月18日) 京都府、hirohirohiro、男性、37歳 |
宮田さんが新聞に投稿したというのは、ご本人が意識しているかどうかわからないですが、何かを得たい、誰かにメッセージを送りたい、または誰かのメッセージがほしいとか、この世に、何か、誰か、を求めているからだではないのでしょうか。もしそうでないならば、本当に、ひっそりと亡くなられることだと思うものですから。
めいこさんが、「矛盾だらけ」と言われています。でも、人間は、多かれ少なかれ、矛盾だらけだと思います。もし、めいこさんが「死にたいなんて思わないでほしい。生きようとしてほしい」と、心から願っているのに、「勝手に死ねばいい」と言われているならば、それも矛盾だと思うのです。 また、「むなしい」とおっしゃってますが、もし宮田さんも、同じように、この世のすべてのものにむなしい思いを持っていたとしたら、彼女は、自分を傷つけてさえ、そこから逃げ出したい。と思われるのではないかなと思いました。 もちろん、僕は決して彼女の生き方に同意はしていないです。自分も悪性腫瘍を患った身で、肉体的、精神的にすごく苦しんでいました。そんなとき、私は、ある本に出合い、そこに「あなたが選び、計画した人生なのです。だから、何があっても順調なのですよ」という文章を目にしました。そのとき「ああ、こんな人生だけど、これでいいんだ」と、生まれて初めて、自分の人生、そして自分自身をありのまま受け止めて生きよう、と思えたのを覚えています。それ以来、そのことが自分の人生の課題となり、生きがいになっています。 |
45 心が極端に弱っている人に言ってはいけない言葉(2003年5月18日) 海外在住、ありまさ、男性、33歳 |
私自身が心身症を患っていることはすでに書きました。この数日、自分自身がPTDS(心的外傷後ストレス障害)なのではないかと気になり、いくつかのPTSD関連のサイトをながめていました。そこでとても関心をひいたのが、PTSD体験者の方々によるPTSD患者に言ってはいけない禁句の数々でした。「苦しいのはあなただけではない」、「悲劇の主人公」、「甘えている」、これらはPTSDの患者を傷つけ、追い詰める言葉なのだそうです。
自分の体験を申し上げれば、PTSDであれ、うつ病であれ、心が極端に弱りきっている状態です。その弱りきった自分をまわりの人から認めてもらえるが良薬であったりします。 宮田さんへの手厳しい批判拝読しました。がんを克服された方でしたら、なおさらいまの宮田さんに寛容になることも可能ではないでしょうか。 |
46 投稿のひとつひとつが身にしみる(2003年5月21日) 福岡県、トミ、57歳 |
気になって毎日、このページを開いています。最近の皆さんの投稿のどれも、ひとつひとつ身にしみています。これだけの反響は、やはりひとりの女性の生き方に共感や疑問、でも生きていてほしい心の現れではないかなと思っています。人の明日は誰にもわからない…。大病を克服した人、急に重大な病気が見つかり手術も受けられなくて亡くなった人の話を聞いたりします。 私も近々受診に行く予定だけれども、やはり手術はしたい。再発ではなくて別のところに新たにできてしまいました。なんでだろう。思い当たることはないけれど…。今の私は小さな女の子の孫2人の成長をもっと見たいです。 |
47 みんな宮田さんに治療をしてほしいから意見している(2003年5月21日) 東京都、MILKTEA、30歳 |
宮田さんがただ心を病んでいるだけの人なら、みんな、さらに彼女を追いつめるような苦言を呈したりしないのではないでしょうか。みんな彼女に治療をしてほしいから言いたくもないひと言を言うのだと思います。彼女が誰に強制されるわけでもなく、自分の意志でここに投稿したのは、自分という存在をみんなに知ってもらったうえで意見(彼女にとってよくも悪くも)がほしかったからではないでしょうか。彼女を擁護する発言だけを認めるのはいかがなものかと思います。 |
48 進んで死ぬことは、大切な人の心に深い傷跡を残す(2003年5月22日) 兵庫県、まっしー、男性、33歳 |
私たちは誰でも必ず死にます。ただ、それがいつ、どこで、どのように訪れるのか、誰にもわからないのです。健康な人だろうと病気を持っていようと、「死」の前では平等です。だから、どのように生きるかということが重要なのだと私は思います。死ぬまでの間どのように生きるかは、最終的には人それぞれです。他人がとやかく言うことはできませんし、権利もありません。最終的に決めるのは本人ですから。誰もその人の人生を代わって生きられないのですから。 でも、自分から積極的に死のうとするのは、やはり間違っていると思います。好むと好まざるとにかかわらず、私たちは、社会の一員として義務と責任を負った存在です。「自分の命だから、自分の勝手にしてもいいじゃないか」と言うかもしれませんが、自分の行為が、自分にとって大切な人の心に癒すことのできない深い傷跡を残すのだということは考えてください。どんなに悩みが大きくても、どんなに悲しみが深くても、他人の心に深い傷跡を残してもいい理由にはなりません。 |
49 私はつらい人生でも全うしようと思う(2003年5月23日) 神奈川県、それでも人生にイエスという、39歳 |
私は自律神経失調症と鬱うつで1年以上治療をしています。がんに比べれば、まだいいじゃないかと言われることもありますが、この病気は将来や人生にまったく希望を持てなくなり、絶望感を抱き、自殺を選んでしまう場合も多々あるのです。今は治療やいろいろな人の協力でだいぶよくなりました。しかし、うつ状態で最悪の時、もしがんだと宣告されたら、彼女と同じように治療をすることを拒否したかもしれません。
事実、今でも時々具合が悪いときには、自分の人生に意味なんてまったく感じられないし、人生なんてつらいことばかりだと、絶望することもあります。でも、「そもそも人生に意味など問うこと自体が間違いで、逆に人生から問われているのは自分なのだ」と精神科医でアウシュビッツから生還したフランクルは言っています。彼は祖父祖母、妻子全員をナチから虐殺され、自分自身も強制収容所で数年間も強制労働を強いられます。生還率5%といわれる中のひとりとして産まれ育ったウイーンに帰るのですが、待っていてくれる家族はひとりもいませんでした。しかしながら、彼はその翌年にはアウシュビッツでの経験や精神科医としての経験にもとづき、講演会をします。そのテーマは「それでも人生にイエスという」というものでした。まったく無一文の上、家族はひとりもなく、強制収容所で30キロ台まで体重が落ちたために肉体的にも極限状態を極め、まだ体力さえ元には戻っていなかっただろうその時期に、そのようなテーマで講演を行うのです。そして「人間はあらゆることにもかかわらず、困窮と死にも、身体的心理的な病気の苦悩にもかかわらず、強制収容所の運命の下にあっとしても人生にイエスと言うことが出来るのです」と締めくくります。 私は彼女(に生きていてほしいと思います。なぜならこんなふうにいろいろな人たちがあなたの言葉に耳を傾けるのは何故なのでしょう? みんな実は人生はしんどいことだと知っているからです。これは私がうつ病だから言っているのではありません。今日の報道を見ればわかり切っています。あまりにもひどい無差別殺人のような事件、戦争、テロ、SARS、不安定な老後、もう何もかもが絶望的なことばかりです。人生を見失っている人でいっぱいです。しかし、私に言わせれば、それが日常的なことと、まったく気にならなくなってしまった人こそが病んでいると思うのです。 でもこれだけは言えます。戦争や飢餓状態の中で自殺する人は少ないのです。何故なら、人生の意味など問う前に本能で生きることに執着を持つからです。それは最悪の状態になればなるほど、北朝鮮の人たちのように木の根を食べてさえも、ものを盗んでさえも生きることが先決になるからです。あなたの人生ですから死ぬも生きるも自分で決めるべきでしょう。でも、こうしてあなたの投稿に答える人がこんなにも多いということは、あなたの人生に意味があるということを表しているに他なりません。あなたが生きるためのこれは運命ではないでしょうか? あなたの絶望的な投稿は実は希望を見出だすための運命を担ったものだったのかもしれないと思うのです。私もうつ病ですがあなた自身もつらい体験を通してうつになっていることも考えられます。だとすれば、有効な治療はあります。それは苦しくもなんともない、薬を飲むだけのことです。私の回復を見てください。1年ちょっと前までは死ぬことを考えた人間です。今、私は39歳。実は10年付き合い、11年共に暮らした夫と別れることになりそうです。本当につらい時期ですが、その私が言うのです。本当に人生はつらいことばかりだと。でも、今は自分の人生を全うしようと思っていますし、「それでも人生のイエス」と言うつもりです。よかったら、春秋社から出ているヴィクトール・フランクルの「それでも人生にイエスと言う」を読んでみてください。お体をどうぞご自愛下さい。 |
50 差し伸べた手を握り返してくれる時を待ちたい(2003年5月23日) 京都府、hirohirohiro、男性、37歳 |
宮田さんの行動や言葉は、自分や、この記事を読んでいる方々に対して、多くの課題を投げかけてくれていると思います。宮田さんの言葉によって自分の心や、皆さんの心が揺り動かされていて、だから厳しい言葉をいったりするのだと思います。
宮田さんに手を差し伸べたい、差し伸べた手を握ってほしいと思ってる人はたくさんいると思います。けれども、宮田さんが握り返すことはなく、そのことに、僕自身も深い悲しみを感じています。でも一方で、宮田さんがその手を握り返すか返さないかは、完全に宮田さんの自由だとも思えるのです。 もちろん、私や皆さんも、そんな彼女を拒絶する、また受け入れる自由があります。けれども、私は、宮田さんの行動や言葉が、自分に悲しみを作るからいって、また私が信じている通りに彼女が生きてないからといって、その人を受け入れないこと。それは、宮田さんが、人生で感じる悲しみや、思い通りにならない人生のために、自分の人生を拒絶することと、本質的には同じ心理と思えます。 そして、できるならば、自分と違うからといって他人を拒絶するよりも、優しい気持を持とうと努力しながら、手を差し伸べ続け、相手が自分からその手を握り返してくれる時を待つほうが、自分の心の中に温かいものが生まれるのを感じるのですが、皆さんはどう思われますか? |
51 宮田さんは治療ではなく、別の何かを必要としている(2003年5月26日) 海外在住、ありまさ、男性、33歳 |
これまでたびたび投稿してきたのは、どうしても宮田さんのことを他人のこととは思えないからです。
私は海外で家族も心許せる友もいない孤独な環境で心身症になりました。ベッドから抜け出すこともできなくなるほどの極度のうつ状態も経験しました。ある時、知り合った看護師さんが精神科医での治療を熱心に勧めてくださいましたが、私は気乗りがしませんでした。その当時、私が本当に必要としたいたのは、治療や投薬よりも、むしろ人の愛情やぬくもりだったのでした。しぶしぶと精神科医の門を叩き、投薬の治療をはじめたことを日本の看護師さんに報告すると、「専門家が近くにいるから安心」お役御免といわんばかりの返事が返ってきて、とても虚しい思いをしました。 私がはじめに薬や治療に頼らずに病と付き合うのもひとつの選択と書き、以来、宮田さんの生き方を見守りたいとの姿勢をとるのは、彼女も実際の治療よりも、別の何かを必要としているのではないかと思うからなのです。病、特に心の病は治療や薬だけでは治りません。病はまわりの人たちの支えがあってこそ、快復してゆくものです。 |
52 心の扉を開く鍵はあなたが持っている(2003年5月26日) 兵庫県、まっしー、男性、33歳 |
私たちひとりひとりはとても無力です。私たちひとりひとりはとてもちっぽけな存在です。大切な人が傷つき、苦しんでいても、その人の持っている苦しみやつらさは、本当の意味でわかってあげることはできません。何度も書きますが、決してその人にはなれないからです。その人の人生を代わってあげられないからです。だから、自分にとって大切な人が苦しんでいても、何もできない自分自身に対して、歯がゆさや情けなさでいっぱいになるのです。そんな自分がものすごくちっぽけな存在に思えてしまうのです。だからこそ、誰かの力になりたいと思うのです。自分がしたことで、その人が笑顔になってくれたなら、ほんの少しでも「自分は必要とされているんだ」と思えるのです。 苦しみ、傷つき、そして見つけ出した答えは、その人だけの真実です。私たちは、その人が出した答えを受け入れ、温かく見守ることくらいしかできません。人を愛するということは、ひとりひとりとの出会いに感謝し、その人を受け入れていくことだと思います。自分を押し付けるのではなく、相手を理解しようと歩み寄ることだと思います。ゆっくりと気長に相手を待つことだと思います。みんな、何もかもが変わっていきます。みんな、変わっていくことができます。今以上に多くの人を、そして自分自身を大切に思える、そんな自分にも変わって行くことができます。 宮田さんにも、いつかそんな時が来たらいいなと思います。すべての可能性は、自分自身の中にあるのです。「心の扉」を開く鍵は、あなたが持っているのです。もしかしたら、わかってくれる人がいないのではなくて、相手のことを理解してみようと歩み寄っていく自分が、「心の扉」の影に隠れてしまっているだけなのかも知れないから…。 |
53 宮田さんに命を大切にしてほしい(2003年5月28日) 愛知県、あさこ、40歳 |
宮田さんのことが気になって、ときどきこのコーナーを見ています。私の気持ちは、「なんだか寂しいな…」というのが本音です。私は2人の子を育てながらシングルで働いています。もし、自分の子が宮田さんの立場だったら、私は子どもに対して精一杯の激励すると思います。何故、この世に生を受けたのか? 何故、生きているのか? べつに宗教的な意見からなどではなく、命を大切にしてほしい。これは自分の大切な子どもたちに伝えたい。そして、宮田さんにも…。宮田さんの気持ちが前向きになることを祈ります。 |
54 フラメンコで学んだ生き方を現在に生かして(2003年6月12日) 東京都、直樹、男性、58歳 |
今日、スペイン人が演じるフラメンコを観てきました。その情熱的な踊りと歌に感動を覚えました。歌の意味はわかりませんでしたが、一般には、悲恋の苦しみや人生の絶望などの深い嘆きの心情を吐露するカンテ・グランデと、人生の楽しさを謳歌する軽快なリズムのカンテ・チーコの2種類があるそうですね。現在の宮田さんはもっぱらカンテ・グランデを演じているようにみえます。これは現実の厳しさを考えるとやむを得ないと思いますが、人生には楽しい面も必ずあります。それを早く見つけてカンテ・チーコを演じてみてください。 フラメンコの身体の動きと激しいタップは、人生のどんな困難な状況でも人事を尽くしてみること、そして、さまざまな価値を味わうという生き方を象徴しているように思えました。フラメンコを作ったジプシーの歴史は非常に過酷なものですが、彼らはそのようにして生きぬいてきて現在に至っています。宮田さんはフラメンコからそのような生き方も学んできたのではないでしょうか。それを思い出して、現在にぜひ生かしてください。 |
55 宮田さんには「生きたい」という気持ちが残っているのでは(2003年6月14日)
海外在住、しんぞう、男性、45歳 |
私は以前、あることで悩み思いつめて自殺を真剣に考えたことがありますので、自ら死を選ぶ人の気持ちはよくわかります。ここに意見を書いておられるほとんどの方々は、正常な判断力に基づいた正論を書いておられます。しかし、思いつめている状態ではその正常な判断力がなくなってしまうのです。信じられないかも知れませんが、そういうものなんです。ただ、私が死を考えていたときは、いかにしてひっそりと誰にも迷惑をかけずに死ぬかという方法ばかり考えていました。 自殺をしようとしていた私と、病気という自分の意志とは関係ない死に直面している宮田さんとは精神状態は違うかもしれませんが、宮田さんが死を覚悟されたと言いながらこのような公の場でご自分の気持ちを吐露されたのは、宮田さんの心の奥底にまだ「生きたい」という気持ちが残っているような気がしてなりません。結果的に私は自殺を思いとどまり、今は生きていて本当に良かったと思えるまでに精神状態も回復しました。宮田さんにもいつか私と同じように、生きている幸せを感じられる日が訪れることを切に祈っています。 |
56 宮田さんを見つめながら、生きることの秘密に触れたい(2003年7月1日) 千葉県、かのん、31歳 |
私は宮田さんが治療をしない、ということにあまり違和感がありません。それは先月、医療関係者の父を、がんで亡くしたからでしょうか。父もやはり治療は行いませんでした。最後のほうは、ほとんど眠れず、ぜいぜいと苦しみ、側について見ていて、その姿はまともな感情では耐えられそうもないと思うほど壮絶でした。ここでフランクルの言葉を引用された方に私は心からの共感をおぼえます。 人生を終える最後の瞬間まで、「人生にどう生きるかを問われている」……その父なりの答えに立ち会ったことは、私の中で十分には処理しきれていませんが、重い宝です。それは自分への問いです。命を終えるとき、私の人生はこれでよかった、と思えるのか。夜中にふっと考えます。今のままでは、恐ろしいほどあさましく自分を見失い煩悶するでしょう。せめて何か生きることの秘密に触れたい。宮田さんが、死を見つめながらどのように生を文章や歌に昇華させていかれるのか、静かに見守りたいと思います。 |
57 自分の生きた意味を探りながら安らかに過ごしてください(2003年7月8日)
広島県、みそはぎ、35歳 |
忙しさに流される日々の中で、「生きる」ということを考えます。今でも「死にたい」と思わない日はありませんが、これも課せられた試練だと妙なあきらめが生じ、必要とされる事象に目を向けて時間をやり過ごしています。宮田さん、あなたの辛さや寂しさ、絶望感や虚無感は私の想像以上でしょう。「病気」「失恋」と程度の違いこそあれ、同じ境遇を味わった者として、せめて気持ちを寄り添わすことができればと投稿しました。 皆その時が来れば、どう贖おうと命は終わります。それまで、自分の生きた意味を探りながらどうか安らかに日々を過ごして下さい。あなたの可能性が十分に活かされるように。あなた自身が生かされているこの世の中で。充実した人生をまっとうされるようお祈りしております。 |
58 毎日死に物狂いで必死に生きようとしている人たちに失礼(2003年7月17日)
群馬県、ながれ、24歳 |
生きているんだから、苦しいのなんて当たり前です。死にたくなるくらい悲しいことがあるのも当たり前です。疲れてしまうことがあるのも当たり前です。当たり前じゃないですか、生きているんだから。 要は、宮田さんはただ単にそれに負けただけでしょう。だったら、自分らしく生きるためだとか、それでも一生懸命生きているだとか、そんな御託を並べてないで、潔く人生の敗者としてこの世を去ればいいでしょう。 自殺とも呼べる死を正当化しないでください。それこそ、貪欲に、毎日死に物狂いで、幸せになるために必死に生きようとしている人たちに対して失礼です。 |
59 宮田さんは、今この瞬間に幸せを見つけようと必死になっている(2003年7月18日)
京都府、hirohirohiro、37歳、男性 |
ながれさんは、きっと「苦しくても生きなければない」「幸せを求めて、必死になって生きるべき」というふうに思ってられるのでしょう。「今」は見えないけれども、将来、あるべきはずの幸せを求めて必死になって生きるながれさんの姿が思いかびます。
必死になって生きるという生き方にはいろいろあると思うのですよ。ながれさんのように、今は見えない幸せを求め、必死になって生きる人もいます。けれど、今、この瞬間の中に幸せを見つけようと必死になっている人もいると思うのです。 たとえば、考えてほしいのですけれども、どうあっても死にゆく人が、今は見えない幸せを得るため、何をしたらよいでしょうか。何もできることはないと思うのです。そのような人は、ながれさんの生き方に沿うと、何も希望はないはずですよね。もう死ぬのですから。でも、今、この瞬間に幸せを求めることはできるんです。今、命があること、今見られる草花、今感じる人びとの優しさ、そんなものに対して、「幸せだ」と思うことができるんです。そして、それは、私たちを含め、すべての人に当てはまることだと思うのです。 私は、宮田さんの考えを直接聞いたことはないです。でも、おそらく、あなたと同じように、同じことに向かって、必死になって生きてきた人だと思うのです。そして、疲れてしまった。確かにその意味では脱落者かもしれません。でも、それは、あなたのような考えをして生き抜いた結果なのです。精一杯生きた結果だと思うんです。社会においてでなく、個人ひとりひとりの人生においてさえ、頑張った勝者が正しく、疲れた敗者が間違っているというのは、あまりに悲しいではありませんか。勝者も敗者もないひとりひとりの人生が、そこにあってよいはずです。 最後になりましたが、僕は、必死になって未来の幸せを追うよりも、今ここにある幸せを少し感じられるように必死になることのほうが創造的な生き方だと思います。なぜならば、今の幸せを感じている人にとって、さらに努力するその動機は、今から逃げて将来の幸せを求めることではなく、今、この瞬間、与えられた自分の力を試すという挑戦であるから、と思うからなんです。もちろん、これが僕もいつもできているわけではないです。でも、そうありたい、といつも思っているのです。 |
60 私も毎日、生きることの意味を考えています(2003年7月23日) 海外在住、mino、40歳 |
宮田さんの手記とインタビュー記事を拝見いたしました。涙が止まりませんでした。とても共感したからです。
私も人生に数々のたいへんつらいことがありました。義理の母と近親相姦関係にあった夫との離婚。逃げるように海外へ移住。不誠実な恋人の子どもを妊娠出産。シングルマザーとしてのひとりで外国での子育て。そして昨年の別の恋人による婚約破棄。私にまったく非がなかったとは申しません。でも人生は私にとってあまりにも過酷でした。昨年のクリスマス、心があまりにも張り裂けそうで、ついに睡眠薬を大量に飲みました。しかし一命は取り留め、現在もこのようにしてこの世に生を保っております。 生きるとはなんなのでしょうか。信じるとはなんなのでしょうか。私もこの人生への意味を失いつつあります。周囲はこの半年間、自殺未遂を起こした私を責めつづけてきました。精神科医、心理学者のその方面の専門家の診療や宗教家のカウンセリングも受けました。でも心は空虚なままです。 私は周囲の人びとを安心させるために生きているのではない。こんなこというとあまりにも自分勝手だと皆からお叱りを受けるのは目に見えてます。苦難があってもそれを乗り越えよ、生き続けよと宗教、倫理、道徳は述べています。それにしても受けた心の傷は深すぎました。私にとって生きる努力をすることはあまりにも過酷なことです。できればこのまま静かに逝きたい。毎晩今から閉じるこの目が二度と開くことのありませんように、と心に思いつつ眠りにつくこともしばしばです。自分で自分を殺めることが許されないのなら、なんらかの形で私にあの世へ行く道を与えてほしい。 生きるという道はいろいろあると思います。世の中の人にいろいろな人がいるように。積極的に、前向きに考えられる人。そうでない人。否定的にしか考えられない人。悲観は病気ではないのです。考え方が違うのだと思います。 それでも私は自殺未遂の後、心の中の暗い穴を持ちながら毎日生きることの意味を私なりに考えています。現在、私が住んでいる北ヨーロッパの森林は美しいです。道を歩いて行く人びとを見ていてそこに輝きが見えます。太陽の光はとても温かいです。この世はなんと美しいのでしょう。人生の大きな幸せにはめぐり合えませんでしたが、偉大な自然に出会うことができました。貴重な時間、人びととの交わりを授かりました。思い残すことは何もありません。ただ、どういう形で巡ってくるのかわかりませんが(病気、事故?)その時が来たとき静かに逝きたいと思うだけです。それまではこうして心を底に沈めて生きていましょう。 宮田さん、心の歌をどうぞたくさんおうたいになってください。心からあなたのこと遠くより思っております。 |
61 2年前に抗がん剤治療を経験し、人生がいとおしく、かけがえのないものに(2003年7月24日)
埼玉県、runa、50歳 |
今年の2月にこのサイトを見つけて宮田さんの声を知り、またたくさんの方々の声も読ませていただいております。
約2年前、私も宮田さんのように治療を受けない選択をしようと考えていた頃がありましたので心にキュッキュッと音を立てて言葉が染みてきました。私の場合は子どもも手を離れ、夫も今なら新しい伴侶にめぐり会える、十分に幸せな人生だったと思えたのです。 今思えば身勝手な考えだったことを反省しております。その時、私には周りの人びとを納得させるだけの言葉も勇気もありませんでした。最終的な「痛み」に対する恐怖も大きく、医療の助けを必要とすることは目に見えました。 結局言葉にすることなく手術を受け、抗がん剤治療を受けました。とても元気で2年を過ごし、今年の検査で肝臓の黒い陰の再検査を追加されたとき、私は動揺し、2年前と大きく変わったものになっていました。この2年の間に「いつか必ずやって来る死」を意識しながらものを見ることによって、人生がいとおしく、かけがえのないものと感じるようになっていました。25年前は状況的にも経済的にも許されなかった趣味もはじめました。これはオマケですが。1週間のドキドキを経て肝臓の陰は心配のないものとわかりましたが、改めて最後まで生きてみよう、私は生きたいのだ、と思いました。 宮田さん、今どうしていらっしゃるのでしょう? 医療の手を借りて生きてみませんか。生きる経験こそ自分のご褒美になるのではないでしょうか。 ここまでは私の感想ですが、やはり状況によって医療を拒否する人生も受け入れる医療であり、社会であってほしいとも思うのです。そしてそういう人びとはこれからもっと多くなるような気もいたします。多様なケアが医療的、社会的に整うことを願うばかりです。 |
62 自分らしく生きようとする、そこに勝者も敗者もない(2003年7月24日) 兵庫、まっしー、34歳 |
人生にとって、勝者や敗者というのは、本当にいるのでしょうか? みんな、ひとりひとり違います。みんな、ひとりひとり「なんのために生まれてきたのか?」「残された時間で何をするべきなのか?」ということは違うと思うのです。これは、他人と比較することではないと思うのです。ひとりひとりが世界でたったひとりのかけがえのない存在なのだから……。
いったい、何を持って勝ち、負けを決めるのですか? 世間的な成功ですか? 物理的な裕福さですか? 私たちに必要なのは、たとえ自分と違う考えを持っている人でも、それはそれとして受け入れる事ができるだけの『心のゆとり』を持つ事ではないですか? 「自分の考えはあなたとは違うけれども、あなたのいうことも理解できるよ」という“心のゆとり”ではないですか? 本当に宮田さんの考え方は、他の人たちにとって失礼な考え方なのですか? すべては、宮田さんの文面を読んだ私たちの“心のあり方”次第ではないですか? 勝者、敗者で人生を考えてしまうのは、あまりに寂しくないですか? 自分の人生を自分らしく生きようとする、そのことに勝者も敗者もないと思うのですが……。 |
63 生きることを放棄しているようで腹が立った(2003年7月31日) 群馬県、ながれ、24歳 |
どんなに生きたくても、どんなに明日を夢見ても、生きられなかった人はたくさんいる。そんな人達の無念や、生きたいという必死の思いを私は知ってしまっているから、まるで、苦しんで生きようとするよりも死ぬことのほうが立派だとでもいうような宮田さんの言動に腹が立ってしまったのです。
人生の勝者とは、私は、死ぬ時に「生まれてきてよかった」と思える人だと思ってる。宮田さんがこの世を去る時にそう思えるんなら、べつにそれはそれでいいんだろうけど、何か、ただ生きることを放棄してるようで腹が立った。生きるのをやめたいと思った時に死ぬのは簡単だけど、逆に、死ぬのをやめたいと思った時に生きることはできないんだから。 |
64 私も乳がんと診断されても手術を断固拒否します(2003年8月1日) Washington在住、66歳 |
美乃里さんのお気持ちは美乃里さんだけのもの……だと私は思います。他人がとやかく言うべきものでなく、美乃里さんご自身が選択なさった「聖なる道」だと私は思うのです。誰が何を言う権利があるでしょうか!? 否です!
私は以前、「アメリカで診断されては?」とメールを差し上げましたが、美乃里さんの反論?ともいうべき3月25日でしたかのお便りを拝見しますと、美乃里さんのお気持ちが理解できたような気がいたします。 私も「万一がんになった場合、痛くなければ手術はしない」と家族に常々言っております。抗がん剤がいかに体を蝕むかは医者がいちばんわかっているのではないでしょうか? それにもかかわらずなぜ手術をするのか?と私は言いたい! しかし、日本の医療は現在、がんを切除して抗がん剤投与で少しでも延命できると信じているから??その道を突き進んでいるとしか考えられません。抗がん剤によって患者がもがき苦しんでいるのを見ても、どうしようもないと思いつつ投与しているのでしょうか? 私も美乃里さんと同じ乳がんと診断されたとき、手術を断固拒否します!! |
65 人生において勝ち負けなんて存在しない(2003年8月4日) 海外在住、そめいよしの、25歳 |
人生において、勝者敗者、勝ち負けなんて存在しない、してほしくないと私は思います。ながれさんのおっしゃりたいことがわからないわけでもありません。生きてるとつらいことがあるのは当たり前というのもわかりますし、あなたもいろんな苦しい状況や場面を見られてきたのでしょう。ただ、勝者敗者って決めるのは、むなしい気がします。
宮田さんは、確かに治療は受けないと宣言していますが、それでも“彼女なりに”今を生きようとしています。短歌を詠んで出版できるなんて、素晴らしい活動だと思いませんか? 生きたいという気持ちがあるから、こうして毎日新聞に投稿して、彼女の溢れ出る気持ちを表現したのだと思いますよ。もし、彼女が生きるのをただ放棄しているのだとしたらこれらの行動を起こさないと思います(あくまでも私の憶測ですが)。 もし、死ぬときに“生まれてきてよかった”と思えなかったら敗者だなんて、私は思えません。絶対に。要は自分がどう生きたか、だと思うのです。言葉や表現が貧しくてもどかしいのですが、なんだかとてもさびしくむなしい気持ちになったので投稿しました。 |
66 私たちに何ができるのか議論したほうがいいのでは(2003年8月4日) 兵庫県、まっしー、男性、34歳 |
誰にだってあると思うのです、人には言えない苦しみが……。誰にだってあると思うので、人には言えない悲しみが……。ただ黙っているだけなのかもしれないのです、言えば愚痴になるから……。人によって、悲しみや苦しみの容量は違います。ある人から見たら取るに足らないことのように思えても、当人は真剣に悩み、苦しんでいたりします。今でも精一杯頑張っていたりします。 ただ、今の時点で「あなたよりも辛い思いをしている人でもこんなに頑張っているんだから、あなたも頑張りなさいよ」と言っても、その言葉はその人の心には届かないのではないでしょうか? 結局のところ、すべての可能性は宮田さん自身が持っているのです。宮田さん自身が思わなければ、変えられることも変えられないのです……。 じゃあ、私たちは何をすべきなのでしょうか? 私たちには何ができるのでしょうか? 宮田さんの文面を読んで、その考えに賛成だったり、反対だったりいろんな意見を投稿するより、私たちに何ができるのかを考え、議論したほうがいいのでは?と思うのですが……。 |
67 宮田さんを鏡として自分自身を振り返ってみよう(2003年8月7日) 広島県、みそはぎ、35歳 |
宮田さんの手記を読んで、何を感じ、何を思ったか。その人の置かれている境遇によって実にさまざまだと思います。非難や中傷、同情や哀れみ、賛同、賞賛などなど。けれども大切なことは、宮田さんを鏡としてまず自分自身を振り返ることではないでしょうか。 自分の生き方、人生を見つめ直すこと。それが宮田さんご自身も望まれていることではないでしょうか。彼女の文面から溢れ出る感情をくみ取り、自分に反映させて「生きる」という課題に向き合ったときに、改めて自分の道が見えてくると私は考えます。 |
68 宮田さんの生き方に人生の勝ち負けを持ち出すのはどうか(2003年8月8日) 海外在住、SH、35歳 |
「もし、死ぬときに“生まれてきてよかった”と思えなかったら敗者だなんて、私は思えません」という“そめいよしの”さんの意見に私も同調します。 何人かの人が語っているように、宮田さんは決して生きることを放棄しているようには思えません。彼女が言っているように、手術を含みその後の状態に彼女自身が耐えうる心も体も今現在は持ち合わせていないのです。 そこに人生の勝ち負けを持ち出すのはどういうものでしょうか。 |
69 人間愛で宮田さんを陰から支えてあげませんか(2003年9月2日) 海外在住、生きている奇跡、48歳 |
ニュースを見ていて、この欄に目がとまりました。
私は乳がんではありませんが、結腸がんで手術、抗がん剤、放射線と全部やりました。地獄のような治療からなんとか回復して現在も生き延びている自分を「生きている奇跡」と呼んでいます。 最初に、宮田さんの決断は、患者が治療を選ぶように自分で判断されたのだから、それでいいと思います。人それぞれの意見があるでしょうが、これが彼女の生き方なら、私はそっとしておいてあげたい。 「必死になって生きてる人に失礼」みたいな投稿もありましたが、よくわかります、その気持ち。ですが、宮田さんの人生は宮田さんのであって、私たちがとやかくいう代物ではないと思われませんか? 多分、一般の方は、彼女が手術するのの嫌さに、安易にこういう選択をした、と受け取られるのではなでしょうか。 宮田さんがこの決断を下すまで、とても言葉で尽くせない葛藤をされてきたはずです。私は彼女が自分の生き方を見せるために投稿されたのだと思います。宮田さんは勇気のある方です。 私は賛成も反対もしていません。ただ、こいう選択もあるのだと認識してます。人間はそんなに強くありません。攻撃するのはやめましょう。せめて応援メールで、人間愛で、宮田さんを陰から支えてあげませんか? これが一度は、官桶に片足を突っ込んだ私の発言です。 |
70 宮田さんって「強い!」ですね (2003年9月2日) 兵庫県、花咲くスミレ、45歳 |
いろいろな投稿を読んで、最終的に思ったのが宮田さんって「強い!」ですね。 私も、5年前に、右全摘出手術を受けました。治療しても32歳で亡くなった同室だった、一児の母。同時に左右摘出した44歳の方、また、最近では、W期で放置していて車椅子生活になった方、いろいろな人がいます。生きていたくても、亡くなる方がいるのです。 摘出手術できるのですから、治療してほしいですね。一昨年の他の新聞だったと記憶してますが、10年間放置していた方が、乳房からががん出てきて病院に行ったところ骨転移。ざくろのように割れて出てきて、すごく臭いそうです。治療拒否をしていても最終的には、病院に行かなければならないのです。 最後にひと言、こういった話を美化するのには反対です! |
71 宮田さんに自分の人生観を押し付けないで(9月3日) 福岡県、静、33歳 |
どうして、宮田さんの選んだ選択肢を人がどうこう言うのでしょうか? どうして、生きるのに貪欲な人に失礼になるのでしょうか? 私は人生は長さでなく質だと思います。私自身、叔母の乳がんの末期状態を看取りました。死ぬまで苦しまない日は無かったでしょう。当時は本人に告知はなかったのですが、過酷な人生だったと思います。 治療する人は治療すればいいのです。でも、治療しないと選択されたのなら、それはそれでいいのではないでしょうか。自殺的だとどうして思われるのでしょう。こういう意見にこそ私は腹が立つのです。 今乳がんと戦っている人がいます。明るく前向きに。そして生きようとしている人も大勢おられます。そしてみなさんが快癒されることをいつも陰ながら祈ってます。他人事ではないですから。 だからといって、宮田さんにもその人生観を押し付けるのはおかしいと思います。宮田さんは治療しない方法を選んだのです。自殺行為でもないでしょう。自然の成り行きにまかせる生き方もあるのではないでしょうか。多少投げやりな宮田さんの発言が波紋を呼んでいるのでしょうか。でも、宮田さんの命なのです。 |
72 もっと、みんな頑張って生きているんだよ(2003年9月3日) 北海道、リーポン、男性、35歳 |
昨日から、関連の投稿を読ませていただき、驚いています。こんなに医学が進んでいるのに、なんのために、治療を拒否する? 宮田さんのコメントの中に、自分ほど不幸な人間はいないという雰囲気を感じますが、何を甘いこと言っているの。もっと、もっと、不幸でも、みんな頑張って生きているんだよっ! もうひとつ、これって「お金もうけ」としか考えられません。本を出版できるなんて幸せですね! |
73 宮田さんの命を宮田さんが決めて何が悪いのでしょうか(2003年9月3日) 高知県、静、33歳 |
もう一度書き足りない部分があるので書かせてください。私は、神経症で苦しんでいます。“私は”死が怖いのです。
宮田さん、「生きるために頑張っている人に失礼だ」との投書で泣かれたとのこと、私も涙が出そうでした。本当に誰が誰の人生の重さを分かることができるでしょうか。一般論はおいておいても。こころの弱い人、強い人、それぞれです。耐える力もそれぞれです。私は宮田さんが決めた選択を尊重します。そして気が変わられて治療を受けられても それも尊重します。 繰り返していいたいのは、宮田さんに怒りをぶつけているような内容の文章を見かけるのが恐ろしく、哀しいのです。 宮田さん、全ての人を敵にまわしても……と本当にお思いならばどうか、一日一日を精一杯生きてください。そして、よりよい死を迎えたいのなら宮田さんなりの生を大切になさってください。傷つくような投書は読まないでください。そして、もし治療を……と思ったら病院のドアを開けてください。けれども決心が固いのなら私はあなたの生き方を尊重します。気持ちもなんとなくわかります。 私の叔母の末期の乳がんの状態はすさまじく、放置しておいたらざくろのように飛び出すのを防ぐためか、脳下垂体ブロック手術を受けました。あの頃、痛みに耐えかね、呼吸困難の発作をおこす叔母を思い出すとつらいのです。10年以上たった今でも夢に見ます。私はあれから、乳がんのチェックを自分なりにしております。 宮田さん、私とあなたは違う人生観を持ちながらどこかで同じなのです。うまくいえないけれど。治療をうけないことを正当化しようというのではありません。宮田さんの命を宮田さんが決めて何が悪いのでしょうか。宮田さんはセカンドオピニオンまで受けてそれから納得した選択なのでしょう? 最愛の人の理解もあるのなら、あとは宮田さんの問題です。 宮田さんに対して「失礼だ」という意見こそ失礼です。人生は自分で選ぶものだと思います。こんな意見の人が多かったら、私も最愛の人さえいないならば、格別生きていたいとも思えない世の中ですが、死ぬのが怖いのです。 人生はつらいといいながら、生きているたった一人の夜の底でも、どうか美しい空や花を愛で、少しでも楽しいと思える日を送ってください。あなたはまだ生きているのだから。 |
74 宮田さんは「この世に必要」と周囲に思ってほしいのかな(2003年9月4日) 埼玉県、sino、35歳 |
宮田さんの投稿、それに対するいろいろな方の投稿を興味深く読んできました。私は35歳の独身女性ですが、フラメンコを6年ほどやっていて(ダンサーといえるほどうまくはありませんが)、今年の3月に乳がんの疑いで検査を何度かしたこともあり、他人事と思えなかったので。 私の場合は今のところ良性のようで、3カ月ごとに経過観察ということになりましたが、人間ドックで腫瘍があるので至急再検査要となってからの1カ月ほどは生きた心地がしませんでした。乳がん関連の本を読んだり、ホームページを見たり、1カ所の病院の診断結果だけでは信用できず、セカンドオピニオンを聞きに違うところに行ったりもしました。 その時、不安な気持ちや混乱する頭のなかで思ったのは、やはり「私は生きていたい」という強い思いでした。私がもし死んでしまったとして、もちろん親や友人は悲しんでくれるでしょう。けれど、一人暮らしも長いですから、他の誰かの日々の生活が大きく変わることはないのです。誰かにとってかけがえのない存在、私がいなくなったら生活そのものが変化してしまうという人が誰もいない事実に愕然とし、「このままじゃいやだあ」って心から思いました。自分を頼りにする子どもやそういった存在がいたら、自分だけの命ではないような気もしますし。 宮田さんのことがのっている「アッティーバ10月号」を読みました。積極的に治療をしない気持ちが少しはわかったような気がしましたが、同時に悲しい気持ちにもなりました。(過去の自殺未遂のことなども)命を粗末にしてるなあと。35歳でも、まだまだ人生未熟でわからないことだらけだと感じているのに、もっと若い宮田さんが人生疲れてしまったというのは残念です。 その人の人生ですから、やはりとやかくは言えないですけど、そっとしておいてほしいなら、毎日への投稿や雑誌への登場の理由はなんなのでしょう? 実際に苦しい治療をしている方も目にしがちな場面への露出は納得がいかないと感じました。「そっとしておいて」という言葉と裏腹に「あなたはこの世に必要なの。生きていて」って周囲に思ってほしいのかなと思ってしまいました。 |
75 宮田さんの行動に賛同できなくて違和感(2003年9月6日) 東京都、ひまわり、51歳 |
宮田さんの行動に賛同できなくいつも違和感を覚えています。そもそも「そっとしておいて」という割に投稿し、その結果、反響が大きいとさらにメデイアに登場し自己主張をしていることに対し、心優しい読者を巻き込んで「自己満足」しているとしか思えません。 自分の本の宣伝をしたり、ひとりで悲劇のヒロイン気取りで真摯な感じを受けないのです。乳がんに対する反響が大きかったから、もういいのでしょう? 宮田さんの思うツボにはまっている自分にも嫌悪しています。 |
76 漫然と迎える「死」を美化するのはもうやめましょう(2003年9月10日) 東京都、めいこ、41歳 |
5月に「もっと謙虚になって」という投稿をさせていただいた者です。あれから、賛否両論のご意見が全国から寄せられてたいへんな反響になっていますが、宮田さんがいちばん喜んでいらっしゃるのでしょうね。短歌の本も売れ、新聞や雑誌に登場され、不幸な自分をアピールして……。ふられたと言っていた恋人を見返すためですか? 宮田さんに一連の行動に対し、違和感を覚えます。
なんら建設的な感じを受けず、これだけの批判もある中、雑誌に登場して宣伝し、いったい何を考えていらっしゃるのか。漫然と迎える「死」を美化するのだけはもう止めにしませんか? 宮田さんに踊らされることも。 |
77 私は宮田さんの個性的な生き方が好きです(2003年9月11日) 和歌山県、優子、39歳 |
宮田さんへのご意見に、ひとつの傾向があるように思います。宮田さんより年上の女性が書く意見は、随分、手厳しい。年上の女性が年下の女性を見る目って厳しいんだなと思いました。すべての人がそうではないと思いますが。病人は労わってあげてください、とお願いしたいです。
私も宮田さんより年上ですが、雑誌の記事も読んで、素直な感想を言わせていただければ、「苦労の多い人生を送ってこられたんだなぁ。真剣に人を愛し、裏切られ、この世が嫌になってしまう」、そんな気持ちが少しわかるような気がしました。 また、宮田さんは、いろんな意味で少数派だから生きづらいのかなとも思いました。美人だってことも、いろんな才能があるってことも、恋愛の仕方にしても、少数派なんですね。で、日本は、まだまだ、少数派には生きづらい国なんですよね。でも、私はあなたの個性的な生き方が好きだし、応援してますよ。 |
78 他の何かが必要という意見に同感(2003年9月15日) 三重県、りょう、45歳 |
治療ではなく他の何かを必要としている、という意見には同感します。 |
79 亡くなった友人が気づかせてくれた乳がん(2003年9月18日) 愛知県、いんちゃんほい、59歳 |
娘からパソコンを譲り受け、宮田さんのことが心配で、毎日読んでいます。早期発見のための検診の仕方について先日、新聞で見直しがあると読みましたが、私の経験も書いてみます。
友人が乳がんで亡くなり、私もそれとなく触ってみたら、左乳房の外側がプクッとして楕円形のゼリー状態のものを感じた。保健所で習った、固い塊とは違うのでそのままに。数カ月後ふろ場の鏡で見ると脇からその部分にかけて、ほんの少しだが、へこみが感じられて受診した。 外見では分からないので、医師は最初の触診では、私の訴えてる症状はわからなかったらしいが、身体を横たえ、力をいれて押し付けるぐらいしたら何かを発見したようだった。すぐに、次の検査へと進み、結果は乳がん。 左乳房切除。みんなから初期でよかったねといってもらえた。あれから、4年、今も薬と月に一度の受診は続く。だが、再発転移の不安はつきまとい、積極性がなくなる。入院中、患者同士で話した発見については、やはり、テレビ、新聞、友人の罹患といった情報から、自己発見につながっている。私の場合、薬が女性特有の部分に副作用があるので、乳房外科と婦人科が一緒になることを願いたい。 何よりも、亡くなった友人が気づかせてくれたこの命、大切にしていきたい。 |
80 宮田さん、自信を持って人生の選択を(2003年9月22日) 海外在住、けいこ、39歳 |
宮田さんの姿勢は前向きです。
9月3日付けの静様に賛成です。治療を受けることは、生きるひとつの選択肢ですが、受けない選択をされたからといって、それは生きることをやめたのではなく、自ら命を絶つ自殺でもないと思います。ご自身が最後まで充実した日々を送りたいとおっしゃっています。私には、宮田さんなりに前向きに生きる努力をされているとしか思えないのです。 彼女は、この地球上に生命を得たものの大部分が行っていることをなさっているだけです。言葉というコミュニケーションを持つ人間として、ご自分の思いを形として残されることをライフワークとして選択されたのでしょう。どうぞ、素晴らしいお仕事をお続けください。 差し出がましいようですが、途中のルート変更もありかと思います。人生、いつ何が起きるか誰にもわかりませんもの。その時も、自信を持ってご自身の人生選択をなさってくださいね。陰ながら応援させていただきます |
81 宮田さん、その後どうお過ごしですか?(2003年9月25日) 大阪府、ごち、29歳 |
宮田さん、その後はどうお過ごしになっているのですか? 静養されているのでしょうか? ずいぶん時間が経ってしまっていますので、今の状態が気にかかります。治療はやはり受けられないのでしょうか。
限りある命と知って暮らすことがどういうものか、まったく想像できません。宮田さんが心穏やかに日々を過ごしていらっしゃるのなら、もう誰も何も言うことはないと思います。 |
82 だれも他人の生き方を批判することはできない(2003年9月29日) 神奈川、えみ、33歳 |
宮田さんの病に対する思い、そしてそれに対する皆さんの意見を読ませていただきました。そこで私が感じたことは人の生き方を批判することは誰にもできないということです。
乳がん読者からの声に投稿したのも、ご自分の信念。積極的な治療はせず仕事を命のある限り続け納得できる死を選びたいという気持ちを揺るがないようにするための手段とも考えられます。うつ状態のときは人のアドバイスを素直に受け入れることができない傾向にあります。 私も20代の頃に長らくうつを患っていましたから全てにおいて悲観的になりがちな宮田さんの気持ちが痛いほど、分かりますから。 そして私は30歳で乳がんを手術して33歳で肺に転移をしました。これから今まで拒んでいた抗がん剤の治療を受ける予定です。がんは手ごわい病です。全身に転移していたら完治は今の医学ではありえないと言われています。ただ少しでも命の時間を延ばすことは可能です。 がん患者は必ず治療をしなければならないなんて決まっていません。自ら治療を希望しない人にいくら、勧めても、仕方ないと思います。辛い治療は自分としっかり向き合えなければ続きません。 それよりも宮田さんの生き方を認めて温かく見守ってあげては、どうでしょうか。 宮田さんの生き方に対する批判があまりにも多いことに心が痛みます。がんは命のある限り共存していく病です。 どうか不安になったときは思い出してください。宮田さんのことを思う人はこの世にたくさんいるのだということを。 |
83 乳房が膿んできました(2003年9月29日) 静岡、宮田美乃里、32歳 |
いつも、ご批判および励ましを有難うございます。 皆様のお気持ちは、真摯に受け止めているつもりです。 だからこそ、このコーナーを読むことがつらく、このサイトを開くときには、本当に勇気が必要なのです。 子供の頃から「誰も自分のことを理解してはくれない」そう思い続けて生きてきました。最初に自殺を考えたのは小学生のときです。 あれから20年以上の月日が流れました。 少女の私は空ばかり見つめて“鳥になりたい”と、いつも願っていました。人間であることが、あまりにも苦しかったからです。死ねば鳥になれるだろうか、そう思いました。 いま、大人になった私は表現者として「言葉」を得ました。自分の苦しみや悲しみを他者に伝えるのには、言葉しかないということを学びました。 私が取材や原稿の依頼を受けると断れないのは、また、それを他言するのは、どこかで「私は苦しい、理解してほしい」という子供時代からの心の傷がうずくからなのでしょう。 皆さん、取材を受けるとギャラをもらえると思っているのでしょうか。そんなに、たやすく本が売れるものだと思っておられるのでしょうか。 毎日新聞の取材から始まって、他の雑誌社から、いくつかの取材を受けました。近々、また、ある女性誌に私の記事が載りますが、一度も、一銭のギャラも、私はいただいたことがありません。多くの時間と労力を割いて取材を受けるのに、1銭もいただけないことは、逆に理不尽だと思うぐらいです。 本だって残念ながら売れてはいません。あるのは「歌人」という肩書きと、表現したいという気持ちだけです。 さて、ここ最近、ガンが増大し、左乳房の皮膚が切れて傷口になり膿んできました。毎日、消毒してガーゼを取り替えていますが、もう、手術するしかないでしょう。 ただし、抗がん剤も放射線も拒絶します。 それは医師にも話してあります。 いくら私が治療を拒むといっても、腐った乳房を放っておけるほどの図太さはありません。一般に乳がんは痛みのないのが特徴ですが、いまは痛みもあります。 これが、私の近況です。 リヨン社という出版社から「乳がん 私の決めた生き方〜限られた命を花のように〜」という本が、数ヵ月後に発行されるかと思いますが、それは乳房が膿んでくる前に書いてしまった原稿なので、手術のことには触れていません。 本の宣伝をすると、また批難されそうですが、私は物を書いて生きているのですから、それぐらいお許しください。 単行本にして200ページ以上ある本を私が書いたのも、冒頭に述べたとおり「誰かに理解してほしい」という気持ちからなのだと思います。 もし、更に雑誌等の記事に興味のある方がおられましたら「女性自身」(光文社)の「シリーズ人間」の係りの方にお問い合わせになってみてください。 その取材は、毎日インタラクティブをご覧になった記者の方からの依頼でした。 これ以上は、申しません。 |
84 手術の決心に安心しました(2003年9月29日) 東京、匿名希望、39歳 |
宮田さん、手術の決心をよくされましたね。
メールを拝見し、状況、お気持ちがよく伝わってまいりました。手術のこと私はとても嬉しく幾分安堵したので、初めてメールいたします。 今までたくさんの方のいろんな意見がありましたが、宮田さんには、やっぱり治療して欲しいと思っていました。この病気で死んではいけない、と思っていました。できる限りの治療はして、その結果は、運命なり天にまかせてみてはと思います。 乳がんは治して、急ぐことはないから、それからまた、人生は生きるに値するかしないか考えれればいいと思うのです。そこからまた選択すればいい。 私は数年前に乳がんの手術をしました。 大切な友人たちが、生きたい、生きたいと念じ祈りながら、人生や家族に心を残して去っていきました。 宮田さんは聡明で、悲しみも苦しみも心の深いところで体験していらっしゃるから、きっと入院、手術に向かい、乗りこえていかれると思います。 手術のご成功をお祈りいたします。 |
85 がんを根こそぎ切り取って元気になって(2003年9月30日) 愛知、いんちゃんほい、59歳 |
宮田さんのメールを読み進むうち、涙でパソコンの画面が、見えなくなりました。
あなたの気持ちが、胸にひびきます。書いてくださり、ありがとう。今からでも遅くありません。根こそぎがんを切り取って、いやな過去も切り捨ててください。絶対、元気になられると信じています。 私も乳がん摘出術あと、今でもいやなことばかりです。それは、他人の言葉です。 自己の葛藤の中で、他人が言う一言一言で、落ち込みました。また反対に患者となったことで、やさしく接してくれるようになった友もいます。今はその友が、私に元気を与えてくれています。 日常生活は、姑様の介護もあり、時々検査結果が、悪くなり、やりきれない日々ですが、自分のほうを大事にしています。 |
86 いい格好をすることない、肩の力を抜いてガンバレ(2003月10月2日) 東京都、すみれ、51歳 |
結局、手術をされるんですね。あんなに頑なに手術に絶えられる体力がない、断固治療を拒否すると言い続けても、所詮目の前に起きていることには抗えないものなのですよ。 宮田さんは、表現者たる自分の姿に酔って、自己満足をされていたものかも知れませんが、結果は医療に頼る道を選択していますよね。ずーっと言い続けてきたことを撤回されて生きていたいと思ってきたことは歓迎しますが。 やはり30年くらいしか世の中を見て来ていない未熟さを感じました。もっと素直な気持ちで生き抜いてください。いい格好をすることはないのですから、肩の力を抜いてガンバレ!!! |
87 手術は人間として当然の選択です(2003年10月3日) 大阪府、ごち、29歳 |
宮田さん、近況を教えていただきありがとうございました。宮田さんのことを「表現者という自分に酔っている」と見る人もいらっしゃいますが、酔わずして表現などできないのではないでしょうか。宮田さんは、延命を目的として手術を選んだのではないはずです。朽ちる身体を放置できないからだと思います。人間として当然の選択です。死を待つのは人間的に未熟とかいう問題ではなく、宮田さんの哲学です。 でも、やはり人は弱っている人を放っておけないから叱咤激励してしまいますね。 |
88 宮田さんの決心に対して勝利に「酔っている」のはあなたでは(2003年10月4日) 海外在住、mino、40歳 |
宮田さんの数日前のご投稿で彼女が手術を受けられるといわれてから、それに対する意見。たいていがもちろん彼女を心から支えておられる方もいらっしゃるとは思うのですが、中には中傷と言ってもおかしくない内容も。
「表現者たる自分の姿に酔って、自己満足をされていたものかも知れませんが……」とか「30年くらいしか世の中を見て来ていない未熟さを感じました」など、ひどいじゃないですか。この投稿者には憤りを感じました。51歳にもなって人の痛みがわからないなんて、それこそ未熟です。宮田さんが手術を受ける決心をされたのを見て勝利に「酔っている」のはあなたのほうではないのですか。 |
89 この経験でいままで見えなかったものが見えてくるかもしれません(2003年10月4日) 広島、みそはぎ、35歳 |
宮田さんへ。やはり、体の変化には抗えませんね。手術を控えた今、手術のこと、そして手術後のことなど、不安で一杯ではないでしょうか。自分の気持ちはもちろん大事ですが、体の声にも素直に耳を傾けて。肩の力を抜いて流れに身を任せるのもひとつの手です。何十年も使ってきた自分の体ですものね。愛しんであげてください。この経験で、今まで見えなかったものが見えてくるかもしれません。
手術の成功と順調な回復をお祈りしております。大丈夫! きっとうまくいきますよ。 |
90 宮田さんの痛みが少しでも癒されていることをお祈りします(2003年10月5日) 兵庫県、usako、40歳 |
初めまして。皆さんが宮田さんという方のことをたくさん書いてらっしゃるので、さかのぼって宮田さんの2月6日の意見を読みました。それからどう気持ちが変わられたのか、すべてを読む体力がないのでわかりません。それをご容赦の上でお読みください。
宮田さんが今まで生きて来た何10年かで精一杯だとおっしゃる気持ちはわかります。私は3年前、アダルトチルドレンから来るうつ病と診断を受け、抗うつ剤に不眠症の薬にカウンセリングを受けています。また、乳がんで抗がん剤と抗エストロゲン剤と薬漬けです。乳がんや薬よりいちばんひどかった時期のうつ病がなにより辛いものでした。結婚して親から逃げても、何かびくびくしながら生きる毎日で、周囲の人とつきあう距離感がつかめないことにいら立ち、1カ月で7キロも痩せてしまったことがあります。後は泣き叫んだり、過呼吸症候群を引き起こしたり、ヒステリーから幻覚を見て救急車を呼ぶはめに陥ったりしました。その度に実家に電話をかけては泣き、傍で見ていた夫は何もできませんでした。一念発起して引っ越し、生活環境が変わるとやや治まりました。 昨年、乳がんと告知され、今年の春、リンパ節転移で郭清しました。うつがあまりに辛かったせいか、そんなに深刻にも考えずに治療が今に至っています。私のようにうつのおかげで悩みが少ない者もいれば、宮田さんのように二重の苦しみを背負われる方もいらっしゃるのを見て、あまりにお気の毒です。お辛いでしょう。心の痛みも傷の痛みも同じなのです。まずはどちらかの痛みを少しでも和らげないことには前に進めないのではないかと思っています。それを取り除くのが、おそらくは医者の務めなのではないかと思います。 私ががんとわかるといろいろと誘ってくださる方や悪質と思われる業者さんがありました。また、乳がんの患者さんのためのセミナーや会があることも知っています。そのどれにも入りませんでした。逆によいアドバイスや親切にしてくださる方も大勢いらっしゃいました。抗がん剤を打つ前に既におしゃれなカツラを購入したせいか「私はがん患者です」というとどなたもびっくりなさいます。副作用も知り合いの医学生さんにメールで報告して、将来、その方の役に立てればいいなという気持ちで、どちらかというと楽しんでいます。やや不謹慎な表現でしょうか? きっと最初に「初期」の段階で見つかったのが気持ちを楽にさせているのだと思います。 2月6日の分を読んだだけで後の経緯を知らずに送りつける無礼を重ねてお詫び申し上げます。ただ、私と重なる部分があったので……。どうか、宮田さんの痛みが少しでも癒されていることをお祈り申し上げます。 |
91 一刻も早く手術を受けて元気になって(2003年10月5日) 福岡県、スマイル、38歳 |
宮田さんに初めて出会ったのは、ネットでの「女の気持ち」でした。私は書くことが大好きなので皆さんの投稿をネットでときどき見ています。私の投稿も掲載されています。
私はこの夏に、子宮体がんで子宮と卵巣の全摘出手術を受けました。宮田さん、とにかく一刻も早く手術を受けて、元気になってください。生きているって、素晴らしいことです。 |
92 本人が手術を受けると言い出してよかった(2003年10月6日) 福岡県、トミ、58歳 |
よかった……と思いました。誰よりも本人が言い出したのがいちばんよかった。読者、家族、皆ひと安心です。命は図れません。いつ、どこで誰が何が起きても不思議ではありません。せめて、限りある命大切にしたい……。家族、かけがえのない宝だから優しい言葉をかけ合って、両親、兄弟等に頼ってほしい。よい方向へ向かうことを祈っています。私も頑張ろうと、いつも思っています。 |
93 宮田さんに心ない投書をする人は思いやりの心に欠ける(2003年10月6日) 和歌山県、優子、39歳 |
宮田さんに対する批判的な意見を読むたび、嫌な気分になってました。心ない投書をする人たちは、相手の身になって物を考えるという人間として最低のことができない人たちだと思います。もしくは、心が弱ってる人を労わるという、人間としての思いやりの心に欠けていると思うのです。人のことを批判する前に、自分が宮田さんだったらどんな気持ちになるか、または、自分は人を批判できるほど立派な人生を歩いてこられたのかどうか、振り返って考えてください。
宮田さんが手術を受けられる決心をされ、本当に良かった。元気になって、今までよりもっと幸せな人生を送られますことをお祈りいたします。 |
94 宮田さんの表現者としての活躍を楽しみにしています(2003年10月7日) 神奈川県、えみ、33歳 |
宮田さんが手術を受ける決心をされたと知り、ほっとしました。先月、治療を受けるも受けないも本人次第であると意見を書いたものの気になっていましたから。生きられる可能性を広げてほしいと思っています。
宮田さんには短歌という才能があるのですから。感受性の強い宮田さんならではの作品をこれからもたくさん見せてください。表現者としてのこれからの活躍を楽しみにしていますよ。歌人という肩書きと表現をしたいという思いしかないと仰ってましたが、そのどちらもない私は、宮田さんがとてもまぶしく感じられます。宮田さんのことを悪くいう人もいるけれど同世代の乳がんを患う者として、あなたのことを応援していますからね。 手術の成功をお祈りしています。 |
95 私も助からない病なら無理に処置したいと思わない(2003年10月7日) 愛知県、共感、36歳 |
女性週刊誌で宮田さんのことを知りました。「生きるのがしんどい」、そうですね、よくわかります。しかもあなたの感受性と繊細な心を、過去どれだかの人が理解したかを考えると、拝読している間、何度も涙が溢れました。
私も今年、母をがんで亡くしました。しかし、看病の最中、母の病気を中心にどれだけの生活が乱れたかわかりません。当たり前なことかもしれませんが、私は子どもに負担を掛けたくないし、しかももし助からない病魔であれば、無理に処置したいと思わないでおこうと現在は思っています。したがってあなたの気持ち、よく理解できます。 あなたの深い心の闇をなぜか私は共感し、あなたの考えを否定する材料は私にはありません。ひとつだけ。お母様と濃い日々をお過ごしになることだけを心から祈ります。 |
96 思い残すことなく、生き切ってください(2003年10月9日) 東京都、のんちゃん、41歳 |
宮田さんへ。今回の手術は、生き延びるためではないのですよね。腐った(ごめんなさい)乳房が、耐えられないのですよね。美しく死にたいんですよね。今は、がんの痛みも、薬(モルヒネ、MSコンチンなど)で抑えられます。でも、意識はもうろうとしますよ。その前に、思い残すことなく生きてください。 死に向かってのカウントダウンがはじまったと思えば、残りの時間が生ききれるでしょ? もう、生きてることに疲れちゃったんでしょ? もう、充分なんでしょ? 私も以前、難病の疑いがかけられて、ものすごくうれしかったのです(自殺しなくても、大手を振って死ねるので)。痛みのケア(緩和ケア)をちゃんとやってくださいね。もう元気でいられる残された時間、そんなにないと思います。思い残すことなく、生き切ってください。自殺ではなく。では。 |
97 全国に露出し、同情を買うやり方には共感できない(2003年10月9日) 千葉県、恭子、29歳 |
宮田さんを擁護、美化する人の多い(批判的な人は投稿する気にもならないのかもしれませんが)のに驚きます。乳がん撲滅キャンペーンが行われている世の中の動きにマイナスの風を送っているように感じます。私は理解されたい、辛い人生を送っています、と世の中にアピールしていながら、そっとしておいてと投稿した。理解に苦しみます。 それを勇気ある行動のように持ち上げることが果たしていいことなのでしょうか? 誰も人に言えない悩みを抱えて生きています。全国規模で露出し、同情を買うやり方にたとえ病人であれ共感できません。 |
98 命ある限り、その命を使って生きてください(2003年10月11日) 東京都、きょん、35歳 |
女性誌で初めて宮田さんのことを知りました。何不自由なく育った私には、10分の1、100分の1をもあなたの心を知ることはできないと思います。が、ある意味とても“強い生き方”だと感じました。人間には“使命”があります。どうぞ命ある限り、その命を使って生きてください。 |
99 人間の命は限りあるものだと日々実感しています(2003年10月11日) 兵庫県、まり、41歳 |
宮田さんへ。30代でたいへんな病を抱えておつらいと思います。私は今まで死とか考えませんでしたが父が末期がんと診断され、本当に人間の命は限りあるものだと日々実感しています。 私が宮田さんだったら投稿する元気も持てているかどうかわかりません。自分の意見を公にすることによっていろいろと批判する人もいるでしょうが、流せばいいと思います。私も今までわからないまま人を傷つけたことがありました。恥ずかしいです。どうかお大事になさってください。 |
100 宮田さんには生きにくい世の中ですね(2003年10月14日) 愛知県、TOMOMI、35歳 |
今日たまたま見た女性誌に宮田さんの記事が掲載されていたのでHPに来ました。さまざまな意見がありますね。でも治療を受ける受けないは、宮田さん本人だけが決めることであって、それに対して周りの人間が誹謗中傷するのは間違っていると思う。人一倍繊細で感受性の強い宮田さんには生きにくい世の中ですよね。 私も人生は何年生きたか?が問題ではないと思う。自分自身がどれだけ納得し満足したか?だと思う。それに他人はよく「頑張れ!」と励まし、さも自分はいいことをしたかのように満足してる人たちがあまりにも多い。私自身、過去にいろいろあり、うつ病にもなりましたが、人の励ましがいちばんキツかった。宮田さんの「母より先に死にたい」の言葉に涙しました。孤独ってものすごく怖いですよね。死ぬことよりも怖い。 これから先、いちばん信頼し、大好きなお母様との2人だけの時間を大切にして、好きなことを楽しんでくださいね。手術したほうが踊りを楽しむためにもいいですよね。傷口を気にしていては踊れないし。 |
101 波乱万丈な人生を送っている母に会ってみませんか?(2003年10月14日) 海外在住、崔吉華、28歳 |
私の母は二回も乳がんの手術をしている。一度目は現在の私よりも若い27歳の時。2つ下の弟が生まれて間もない頃だ。二度目は私がアメリカに住みはじめた8年前。女性の象徴である乳房を両方失い、温泉ひとつつ行くのにも気を遣い、しかし私の母は20年以上遠ざかっていた保母職に復帰し、年齢から来る疲労と戦いながら賢明に生きている。
宮田さん、私は若年ですが人生は与えられた試練をどう乗り越えていくかで個々の生き方が形成されるのでは? 生きるという過程で、人は失望し、また新たな希望を見つけ、そして自分の生き方を手探りで作っていくのです。 治療を受ける、受けないはあなたの自由です。成人女性のあなたに意見するのはナンセンスです。しかし、もしあなたが絶望の中での治療を受けないという決心ならば、一度母にお会いになりませんか? 彼女の人生は波乱万丈です。それでもキラキラ輝いています。これでは希望になりませんか? |
102 結果はすべて本人が引き受けるわけでしょう(2003年10月15日) 大阪府、聖名子、25歳 |
がんって怖いですね。さまざまな意見を読ませていただきましたが、怖いです。治療したい人はして、したくない人はしない、これでいいんじゃないでしょうか。その結果はすべて本人が引き受けるわけですから。特に話題して大騒ぎするほどのことではないと思います。別に生きていたって意味がないと感じるならば、生きていたってつらいだけでしょうから。 |
103 残された時間に病気のお母さんの今後のケアを(2003年10月15日) 東京都、のんちゃん、41歳 |
宮田さん。女性週刊誌の記事、読みました。あなたのおっしゃりたいことが、私の心を刺しました。私は、宮田さんに励ましの言葉はかけられません。そんなむごいこと、できません。ただ、できるならば、抱きしめて、「生きにくかったでしょう? よく生きてきたね。えらかったね。」と、背中をなでて、少しでも、心の平安を差し上げたいです。でも、こんな私が心配しなくても、宮田さんは、今、きっと残された時間を生き生きと、輝いて過ごされていることでしょうね。。少しでも、痛まずに活動できる時間が長く続くように、お祈り申し上げます。
親よりも、先に死ぬこと。子どもにとって、こんな素晴らしいことはないです。だって、もっとも愛してくれる人から見守ってもらえるんですもの。私は、10年近く親の看病をしました。最終的には、がんでした。11回、手術をしました。。最後の選択として、臓器移植が残ったのですが、私の臓器を母にあげて、私は死んだほうがよかった。だって母は、私よりも世の中の人たちから愛されている。役に立っているんですもの。それなのになぜ、いてもいなくても、どうでもいい、そして、私本人も生きにくくて、いやいや生きてるのに生き残るの? そう思って、どれだけ泣いたかわかりません。母は、どうしても私の臓器をもらってくれませんでした。 病気の親を持つ娘のやることは、たくさんあります。お節介だとは思いますが、言わせてください。残された時間の数パーセントを、ご病気のお母さまの今後のケアの準備に使ってはいただけないでしょうか。たとえば術後、家に戻った時、きっとお母さまは、不安だし、痛みもあるだろうし、熱も出るだろうし、身体もうまく動かないと思います。そのときに、助けてくださる、信頼できる親戚の方は、いらっしゃいますか? お買い物の手伝いなど、ちょっとしたことも術後の病人には負担なんです。もしくは、訪問看護なり、食事の世話なり、公共の施設などの手配は大丈夫ですか? 先立つ娘として、せめて、せめて、それだけはしておいてあげてください。そして、気の合わないお父さまのことも、同じです。一度、ルートをつくっておいてあげれば、あとは、けっこうなんとかなるものですから。私のようなものでよろしかったら、相談に乗ります。(営利目的ではありません。ご安心を)なんだか、宮田さんへのお手紙のようになってしまいました。宮田さんが、どうぞ、私の悪文を読んでくださいますように。では。 |
104 宮田さん以外の乳がん患者悩みに答えては?(2003年10月16日) 兵庫県、匿名希望、40歳 |
久しぶりにのぞきに来たら、宮田さんの話から逃げ出せないページになってしまっていますね。他の人の悩みや質問に答える人がいてもいいし、新しい悩みを出してもいいのでは? 乳がん患者やそのケアにあたる人たちには十人十色の症状や状況があると思います。 |
105 宮田さんは表現する場があって幸せ(2003年10月17日) 海外在住、そめいよしの、25歳 |
宮田さん、こんにちは。9月下旬の投稿を拝読しました。月日は流れ、宮田さんの病状も変化しつつあるようですね。人の気持ちは移り変わるものです。治療を拒否していた宮田さんが、手術を受ける気になってもおかしくありません。
雑誌のほうは、場所がら手に入れにくく、読んでいないので詳細はわからないのですが、宮田さんはこうして表現する場があって(言葉は変かもしれませんが)、幸せだと思います。歌集を出版したり、こうしたメディアで気持ちを発表して伝えたり、「女の気持ち」に投稿して、まさに今生きている状態なのではないかと思います。お大事に。 |
106 せめてお母様を見送ってから自分も……といってほしい(2003年10月17日) 香川県、娘の母、53歳 |
週刊誌の記事を読み、ここに来て皆さんの投稿を読ませていただきました。私がいちばん感じたのは、お母様の悲しみでした。自分の命は自分のもの、でもお母さまの命を受け継いで生まれてきたのです。お母様より先に死にたいという理由で治療を受けないなんて、お母様の悲しみはどれほどかと思います。自分の命をどうしようが自分の勝手というのは、一部その通りかもしれませんが、記事を読んでも、死にたい原因を両親や元恋人のせいにしているようです。
生きることは確かにしんどいことです。多かれ少なかれ、皆同じだと思います。でも、もしも死にたい理由が愛を求めて得られなかったことだったら、愛を与える喜びも知ってほしかったです。せめてお母様を見送ってから自分も……といってほしかったです。 |
107 生き方は人それぞれ。こうあるべきというものはない(2003年10月27日) 福岡県、さと、33歳 |
宮田さんに対して、“わざわざ”ひどいことをいう人は何か、宮田さんをターゲットにして日ごろの憂さでも晴らしているのでしょうか? ただ、「気に入らないから」という理由だけでよくも言いたい放題するものだとあきれます。
人はそれぞれの生き方があって当然です。こうあるべきというものは誰が決めたのでしょう。命にかかわる病気をし、宮田さんは病気の深刻さも知ったうえでの人生の選択をされたと私は受け止めます。 ひどい事を書く人の文章は大体が冷静さに欠けていて、ただ、罵声を浴びせたいのでしょうね。悲しいことです。この世の中は残酷です。この命は、宮田さんのものではないのですか? 生きていくことは辛いです。しんどいです。だから、楽になりたいと思って何がどう悪いのでしょうか。宮田さんが尊厳ある死を迎えることを感受性の乏しい人は、非難してばかりでムカムカとします。 「宮田さんの命」ではないのですか? だれでもいつかは死にます。それに対しての姿勢はそれぞれだと思います。当然です。宮田さんがどれだけ苦労したか、誰にもわかりはしないのです。どれだけ辛い気持ちなのか、誰も何人たりとわからないはずです。知ったような口で中傷する残酷な人がいること。その多さ……。ただでさえ、過酷な病を患っている宮田さんに対してよくも言いたい放題、嫌味をいえたものだと思います。 人生は美しいばかりではありません。自然に死んでいくことを望まれても、誰も文句はいえないでしょう。 |
108 宮田さんは賛否両論あるのを覚悟で投書したのでは?(2003年10月29日) 北海道、天子、35歳 |
もういいかげんにやめましょう! 「ひっそりと」と、ご本人が本当に望んでいるなら、そっと手術をして、後はご自分の命を自分の好きにしたいと言っているだけのことでしょう? 「同情も共感もいらない」と言いつつこれだけ露出したら、賛否両論あって当然だと思いますが。批判をする人を冷たいとか、思いやりがないとか非難するのはおかしいです。
宮田さんは、いろいろな意見があることを覚悟で新聞に投書されたのではいのですか? いろいろな方が感じていらっしゃるように「家族」や「恋人」へのあてつけと恨みを投書に読み取ったからこそ、批判が出てくるのではありませんか? 反論ができない、元恋人や家族を苦しめていることに気づいていないから、何度も投書ができるのでしょうね。病人だからとへんにかばうことは、やさしさでしょうか? |
109 選択した生き方がどんなに周りの人を傷つけているか……(2003年10月30日) 埼玉県、runa、50歳 |
「命」は本当にその人だけのものでしょうか。宮田さんにとって、辛い人生の中のだめ押しのような病。だからといって、選択した生き方が宮田さんの周りの方をどんなに傷つけているか、聡明で繊細とおっしゃる方なら十分に想像できることではないでしょうか。そのあたりがとても気になります。攻撃するつもりなどありませんが、気になります。 |