シングルマザーを選んだ娘

 深夜、仕事から戻る。豆電球の薄明かりで、娘と孫が並んで寝ているのが見える。

 「ただいま」

 ツーンと、お乳の甘酸っぱいにおいのする孫に顔を寄せる。疲れが消えていく。

 母娘2人の生活に、孫が仲間入りしたのは今年1月。家の中に、男性はいない。

 昨年の夏の夕方。高校2年の娘は遊びに行っていて留守だった。電話が鳴った。

 「娘さんから、妊娠したかもしれないと、うちの息子にメールが来ました」

 同じ高校に通う男の子の母だった。受話器を置きコーヒーを口にしたが、味はしなかった。娘の携帯に電話する。つい口調がきつくなった。

 「どういうことなの」

 「よく分かんない。1カ月つきあって、もう別れた。妊娠はしてないはずだもん」

 強がる口ぶりから、妊娠を予感した。中絶させようか。でも、すぐにうち消した。

 妊娠4カ月。病院でそう告げられた。帰りの車の中で、助手席の娘に声をかけた。

 「どうするの?」

 言葉が返ってこない。背中を押すように言った。

 「産んで育てるしかないんじゃないの」

 「もちろん、産むよ」

 娘は答えた。中絶という言葉は、お互い一度も口にしなかった。

 高校に休学届を出した帰り道。どうしても言っておきたかったことを伝えた。

 「たとえ過ちであっても、人生設計ががらりと変わっても、責任を取るべき時があるのよ」

 黙ってうなずいていた。

 「あったことを、なかったことにする。そんなごまかしの人生を送らせたくない」

 夫と離婚した時の自分と重ね合わせた。

 14年前のことだ。

 手紙を持つ夫の手が震えていた。奪い取って読む。女性の文字で「妊娠しています」。

 「どうするの。責任取らなくちゃ」と聞くと、夫は「いやだ。相手に愛情はない」。女性と話し合うために出かけた後、部屋で泣いた。

 夫に遊んでもらうのが大好きな娘は、まだ3歳だった。

 「離婚はしたくない」と夫は言う。「何もなかったふりをしては暮らせない」。身勝手さが許せなかった。

 中学生の時、離婚の理由をうち明けた。「妹がいるんだね」。娘は、冷静だった。

 17歳のシングルマザー。出産後、娘は復学を認められず、今年3月、高校を退学した。相手の男の子には、認知も養育費も求めなかった。

 「カウンセラーになりたい」。将来の夢など口にしなかった娘が、通信制高校の資料を集め始めた。黒い髪に戻し、遊びの誘いを断つため携帯電話も解約した。

 9月初め、秋を思わせる心地いい風が吹いていた。

 外で孫を遊ばせながら聞いてみた。「将来、なぜお父さんいないのって聞かれたらどうするの」

 娘は少し考えて答えた。

 「正直に、教えるよ」

 現実を前向きに乗り越える。そんな姿勢を娘に伝えたい。そして、娘から孫へと。=おわり

(09/20)